ほんの10分かそこら仮眠を取るだけのつもりだったのに、すっかり寝入っていたらしい。

明らかに睡眠状態にあった頭を起こすと、太い腕がなまえの肩へ巻き付いていた。

肌寒い室温に柔らかいシーツが纏わりつくのも悪くはないが

人の体温というものがこんなに心地良いものだったかと、回された腕に触れて認識する。

若者が塗すように振りかけている香水とは違う、どこか昭和を思わせる整髪料の匂いと

汗と愛し合った後の独特の空気が、無臭だったなまえの寝室に充満していた。

性格からしてジムには行っていないはずなのに、年甲斐もなく張った筋肉に指を滑らせる。

なまえにはない体毛を逆行しながら、手首から肩へ上ってその背中に触れてみる。

鮮やかな阿修羅の描かれたそこは、独特の質感がするのかと思っていたが

こうして見えない位置から触れただけでは、何ら変わらない普通の皮膚だった。



「こそばいやろ、やめ。」



額のすぐそばから声が聞こえた。

にやりと笑う渡瀬が、いつもと違う音量で話していた。

なまえは背中をさすっていた指を引っ込め、落ちかけていたブランケットを引き上げた。



「いつんなったら落ち着くんや、あれは。」



渡瀬の目線の先を追うと、散らかった仕事用のデスクとつけっぱなしのパソコンがあった。

長いこと取り掛かっている案件であることは承知していると思う。



「来月には。」



次の仕事までは少し時間が取れそうだ。

気分転換にどこか一人旅でもしようと思っていた。



「ほんならお前、あれ終わったら引っ越せ。」



携帯も変えろ、出来ればしばらく大阪へは戻って来ん方がええと言いながら

渡瀬はベッドの中で怠そうに首を鳴らした。

肩へ乗せていた頭を起こして渡瀬を見つめるなまえの目には

冗談を言っている目ではない恋人が映っている。



「なんで。」

「跡目継ぐねん。せやから、俺のことは忘れ。」



健康そうな稼業だと思ったのに、やっぱり極道は極道だった。

泣いて縋り付くのも何か違うような気がする。

そういうのは昼ドラの愛人役がすることだし、一方的に切り出された別れに動揺して

取り乱す程何の覚悟もしていなかったわけでもない。



「イヤ。」

「我儘言いな。」



目線を逸らすことを紛らわすようになまえをその腕の中にぎゅっと深く抱き込んで

すまんの、とたっぷりの吐息と共に彼は言った。










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