ラ・モールの続編です。
世界観をぶっ壊しているので、大丈夫な方のみどうぞ。












おーみのおいたんとぜんりょくであわせになるよ B






残業で遅くなってしまうことの、唯一の利点は

スーパーの食材がだいぶ安くなっていること。

悴んだ手にずしりとビニール袋が食い込むのを感じながら、通い慣れた道を歩いた。

東京に出てきて数か月、駅から家までの景色もすっかり見慣れたものだ。



「おい、やべぇよコイツ。」

「ずらかるぞ、覚えてろよ!」



今時こんな三流の台詞を吐く奴があるのかと半ば関心しながら

なまえの隣をかけ抜けていく、ボロボロになった男たちを眺めた。

いつもは最中をちらりと見遣る騒動も、残業で遅くなったこんな日は

その結末を見ることができるのか。

アスファルトに滴る鼻血の後をたどっていけば、やたら派手な男が

物足りなさそうに金属バットを振り回していた。



兼ねてからあの男は西谷に似ていると感じていたけれど

その根拠はきっと喧嘩が好きそうだから。

ぶらぶらとどこかへ去って行く彼の後姿を見送って、なまえも早く帰らなければと帰路についた。



「うわ、なんやまたアンタか。」

「冷たいこと言いなやァ。真島くんだけが頼りなんやって。」



角を曲がった瞬間、背後から聞き慣れた名前が聞こえた。

薄々気付いてはいたけれど、やっぱりあの男が真島君だったのか。

いや、それよりも聞き覚えのある声がする。



「うっさいわおっさん。自分でなんとかせぇや。」

「困った時はお互い様やんか。ワシこっちにツテないねんて。」



時折殴りあうような音をさせながら、往来が俄かに騒がしくなる。

今しがた曲がったばかりの角を引き返して真島君の背中を探すと

死んだと聞かされたかつての恋人が、かつてのように暴れていた。



「名前だけで探せるかいな、東京はおっさんが思てるより広いねんで。」

「そこはアレや、ご都合主義でなんとか。」



時折街灯に反射する不気味な金属の明かり、あれは確か匕首といった。

聞き慣れた声に、消毒用アルコールの匂いがフラッシュバックして

なまえは騒動の中に駆け出した。



「お姉さん、危ない。」

「あ、いえ、大丈夫です。」



引き留める親切な野次馬の手を振り切って、渦中に飛び込んだ。

あの優しそうなサラリーマンに、きっと良いことがあると良い。

俄かに信じられずにいる現実に、西谷、と彼の名を小さく呼ぶと

下段蹴りをうまく躱してこちらを向いた。



「おう、居ったか。」



喧嘩の最中だというのに嬉しそうな笑顔を浮かべ西谷がなまえに片手を上げて

野次馬に囲まれたなまえの元へツカツカ歩み寄って来た。

とうに忘れたと思っていた、彼の独特な香水の匂いがした。




「死んだって、聞いた。」



革靴がアスファルトを蹴る音、それに準じた彼の歩幅がいやにスローモーションに感じる。

刑事に聞かされ、今まで信じていた事実を口にすると

彼は怪訝然うに思いっきり眉を顰めた。



「なんでや、生きてるやん。」

「知らない、そんなの。」



久々の再会は、感動的になるべきだったのかもしれないけれど

人間は本当にこんな瞬間に直面すると、無駄に冷静になるのかもしれない。

それでも目の前の西谷がおばけなんじゃないかと思ってしまうあたりが

きっと冷静じゃないのだろう。



「探したでぇ。家にも居らんし、調べたら東京転勤なったァいうやん。」



どのようにしてなまえの職場事情を探ったのかわからないけれど

とにかく西谷はなまえを探しに東まで来たようだ。

そっとスーツの袖を触ると、彼の好む硬い生地の感触がした。



「用済んだわ、悪いけどまた今度にしてくれるかァ。」



消化不良気味の声で真島に向き直ると、へぇへぇとかなんとか言いながら

彼も野次馬を割ってどこかへ去って行った。

しゃがれた濁声も、とうに忘れたと思っていた。



「まぁ、アレや。ようわからんけど、別に死んでへんわ。」

「嘘。」

「嘘ってなんやねん。」



働き過ぎで頭疲れてんちゃうか、と西谷はなまえの頭を撫でた。

長いこと、そっと取りだしてはまた深く大事に仕舞っていた思い出の感触と体温が

これは夢ではないと、確かに教えてくれた。

重たいビニール袋を、悴んだ手に持ち直しながら

良かったと呟くだけで、今は精一杯。










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