nurie





















ここ最近、すっかり夜の店へのノリが悪くなった冴島をつついてみると

案の定女が出来ていた。

どこの店の嬢かと掘り下げてみると、普通の堅気の会社員だと白状した。

妹がある所為だろうか、意外と女へ対する評価の辛い冴島が見染めたのはどんな女だろうかと

好奇心半分、暇潰し半分に冴島の家を訪れた初夏の午後に真島はなまえと出会った。

短い髪のよく似合う、東京の都心部らしい洒落た格好をした女だった。



「なまえちゃん、こんなん受け取られへんよぉ。」

「靖子ちゃんの為に買ってきたの、そんなこと言わないで。」



あの初夏の日から何かと、冴島宅で真島となまえを含んだ4人で食事をしたりした。

兄弟分の恋人、恋人の兄弟分だけあってそれなりに気の合った真島となまえは

顔見知りから知り合い程度にはランクアップしていた。



「でも…」

「良いから、ホラ、あのハイエナが食べちゃう前に隠して。」



靖子が先ほどから固辞しているのは、なまえの手土産の高級な洋菓子だ。

それなりに羽振りの良い仕事をしているらしい彼女は毎回、流行りの店の新商品だの

駅前に出来た行列の出来るケーキだのを買って持ってきた。

甘い物が好きだと言っていた靖子も内心喜んではいるようだが

毎回毎回靖子の為に、となまえが持ってくる洋菓子の値段を知らない訳ではない。

なまえはチラリと真島を見遣って、靖子を冷蔵庫へと急かした。



「誰がハイエナや、アホ。」

「そうね、ハイエナはネコ科だったわ。」



真島が陣取っていた座卓の向かいに腰掛けたなまえが無表情で呟く。

これまで3等分にされていた机は、彼女の出現によって4等分になった。

久々に夕食でもと冴島の気紛れに誘われてやって来てみたけれど

生憎彼は急な呼び出しで少々席を外していた。

靖子が洋菓子を冷蔵庫に仕舞いがてら、茶を淹れてくれるのを

二人してぼぉっとその背中を見つめていると

何かに気づいた靖子が小さく声を上げ、少し慌てた素振りで茶を運んできた。



「ごめん、私ちょっと出てくる。」

「どうしたの?」



てきぱきと二人の前に茶を並べ、慌ただしくエプロンを外した靖子がキッチンへ戻ると

醤油の空の瓶を握って、真直ぐに玄関へ向かって行った。



「お醤油、切らしてて。」

「私買ってくるよ。」

「ううん、ちょっと借りてくるから大丈夫。」



なまえの制止を一蹴して、靖子は玄関でサンダルを突っかけると

施錠もせずに家を飛び出した。

夕食の為の醤油だろう、悪いことをしたなんて思っていると

玄関の扉が閉まるか閉まらないかの内にもう一度開いて、靖子がひょいと顔を覗かせた。



「真島さん、ケーキ食べたらあかんよ。」

「わかったわかった、食べへんわ。」



ひらひらと手を振りながら早く行けと催促する真島に満面の笑みを向けると

いよいよ靖子の足音は遠くなった。

なまえと真島が取り残された狭いアパートには

テレビなんて気の利いたものはなかった。



「煙草、良い?」

「ん。」



なまえがバッグの中から煙草を取り出すと、真島は脇にあった灰皿を渡してやった。

彼女は喫煙者であることを隠してはいないが、靖子の前では絶対に吸わなかった。

無表情で煙を吐くなまえの横顔を、頬杖をついて見つめながら

真島がなまえの名を呼んだ。



「何?」

「お前さ、ほんまに兄弟に惚れてるんか。」



投げかけられた突発的な質問に、なまえは煙草を指で挟んだまま眉を上げて

小首を傾げて見せた。

何のことやら、と彼女の目から伝わってきた。



「何、略奪したいの?」

「阿呆、そんなんちゃうわ。」



直角に組んだ腕の肩を竦め、なまえは鼻で笑ってまた煙草を蒸かす。

目線は遠く窓の外、この話を打ちきりたい意思はひしひしと感じられた。



「靖子ちゃんやろ、ホンマは。」



数か月の間だけれど、なまえを見ていて気づいたことがある。

決定的にこれだ、という根拠はないのだけれど

裏社会に生きていると何となく人の機微に、嫌に敏感になる癖が付く。

初対面の時から薄々気付いていた、時を重ねるごとに確信に変わって行った

なまえが惚れているのは妹の方だった。



「お前が惚れてんのは兄弟と違う、靖子ちゃんやろ。」



なまえは相変わらず遠くを見たまま、悠々と喫煙を続けた。

表情に動揺はない、真島に向ける彼女の顔はいつも無表情だった。

なまえは2口程煙草をゆっくり吸っては細く長く吐くのを繰り返して

2/3程残る煙草を灰皿に押し付けながら真島を睨み返した。



「だったら何。」



素直に認めるとは思わなった、けれどもそれをネタに弄ぶ気もなかった。

真直ぐに見つめ返した真島の目が大きく開かれて彼が息を詰めると

ぢぢ、と一瞬大きな音がした後、蝉が一匹羽ばたいていった。
















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