暑さは日増しに酷くなっていくというのに、暦の上ではそろそろ秋が来る。

残暑と呼ぶに相応しい夕暮れに、一発夜の店でもと誘った冴島は

やっぱり乗り気ではなく、仕方なしに二人して銭湯へ行ってビールを呑みながら歩いた。



「たまには焼き肉でも食いたいな。」

「靖子ちゃんが夕飯作ってくれてんねやろ。」



人通りの疎らな、まだ陽の高い路地をだらだらと並んで歩く。

珍しく真面目な真島のツッコミに、冴島は笑って首を縦に振った。

あれ以来、特に何も事件らしい事件は起こらなかった。

真島もなまえに突っかかるようなことはなかったし

なまえも冴島と上手くやっているようだった。

それでも見る目の変わった真島からしてみれば、なまえは靖子を異様に甘やかしていたし

純粋になまえを慕う靖子を見る彼女の目はどこか濁って見えた。

うちで食べて行けという冴島の誘いに、首を縦に振るだけで返答した真島は

空になったビールの缶をその辺の道端へ投げ捨てた。



「なぁ、兄弟。なまえとは上手いことやってんのか。」

「なんや野暮なこと訊くな。」



少し歩幅を緩めた真島を振り返る冴島が怪訝そうに眉を顰める。

彼の手の中でビールの缶は汗をかいていた。



「ぼちぼちやな。なんや、横恋慕か。」

「ちゃうわ、阿呆。」



冴島は意地悪く鼻で笑うとビールを飲み干し、真島同様空き缶をその辺に捨てた。

往来には煙草の吸殻や空き缶や、紙屑なんかが転がっている。

どこかの家の窓からラジオの音がしていた。



「まぁ、いくら兄弟いうても女取り合って喧嘩はしとうないわなぁ。」



ポケットから少しひしゃげた煙草のソフトケースを取り出して一本を歯で抜き取りながら

冴島がぽつりと呟いて火を点けた。

その理由が真島にあるのかなまえにあるのか、それとも彼の矜持にあるのかは

声色から推し量ることができなかった。



あの日、真島をキツく睨み返したなまえは開き直りとも取れる告白をした後

もう一本煙草を点けて、悠々と白い息を吐いた。

冴島と真島と、3人で呑んだこともある、そういえば彼女はヘビースモーカーだった。



「素敵よね、あの兄妹。そう思うでしょう。」



どこまで醤油を借りに行ったのか、靖子が戻る気配はなかった。

蝉が飛び立ってしまった窓の外は静かで、部屋の中には扇風機の回る音がしていた。



「素直だし、慎ましやかだし、時々滑稽になるくらい純粋よね。」



爪の長い指で挟んだ煙草をゆっくりと唇に咥えては離しながら

物思いに耽るようななまえの横顔は物憂げで官能的でもあった。

笑うように歪んだ唇の紅は赤く、靖子とは正反対の女の顔だった。



「無い物強請りをするのよ、私たちは。」

「何が言いたいねん。」



問答のような彼女の独白に苛立ちを隠せず、真島が口を挟む。

睨んで居た時の目とは違う、人を馬鹿にしたような上から目線のなまえは鼻で笑うと

その官能的な唇をゆっくりと動かして真島を見つめた。



低い、聞き慣れた声にふと呼び止められて我に返る。

冴島が呆れたような顔で真島を見ていた。



「どこ行くねん、家こっちやぞ。」

「あぁ、なんやぼーっとしとったわ。」



頭を掻きながら真島が笑ってみせると、湯あたりでもしたのかと心配そうな目線を投げて寄越した。

大袈裟に首を横に振って否定する真島はやはり、冴島という人間は優しいのだと痛感する。

自分ならきっと、呆れるか馬鹿にするかで心配なんてしないだろう。

そこまで考えてふと、きっとなまえも同じだろうなとひとつの仮定を見出した。



「兄弟、女運あるんかないんか解らんな。」



冴島が指さした小路へと足を向けながら真島がぽつりと呟くと

眉間の皺を一層深くした冴島が溜息を吐いた。

あの時、確かになまえは言ったのだ。

なまえと真島は、こちら側の生き物なのだと

あの二人は違う世界の生き物なのだということを

真島も早く自覚するべきだ、と。



「あかんで、なまえはやらんで。」



意味が解らないというように肩を竦めた冴島を置いて、真島は靖子の待つアパートへ歩き出した。

間違いなくそこになまえもいるはずだ、夕食の支度をする靖子を手伝いながら

言いようのない感情をあの美しい横顔の中に閉じ込めて

きっとそうやって彼女は生きて行くのだろう。



「いらんわ、あんな性悪女。」



あの日真島を見据えたなまえの目の奥底に砂漠のような承認欲求と

痛々しい迄の郷愁や憧憬が垣間見えた。

無意味な無い物強請りで一生を終えそうな女の影に自分を重ね合わせてしまいそうになるのを

歩調を早めることで振り切ろうと試みる。

小さな公園の無造作に伸びきった栗の木から、蝉がころりと落ちて死んだ。














つくづく赤い









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