夏をしむよ。
















大吾がいつものようにふらりと遊びに来たのと、遥が帰っていくのはちょうど同じタイミングだった。

なまえのマンションの部屋から浮かれた表情で出て行く遥を

なまえと並んで大吾は見送った。



「遥ちゃん、浴衣か。風流だな。」

「うん、これからおじさんと花火大会に行くの。」



下駄をからんころんと鳴らしてくるりと回って見せる遥は今までになく上機嫌だった。

なまえが最後に帯を微調整してやると、彼女は部屋を後にした。



「ありがとうね、なまえお姉ちゃん。」

「うん、愉しんでおいで。」



ばいばーいと元気な声がエレベーターへ消えて行く。

様々な事情から、遥がこれまで一度も浴衣を着たことがないと嘆く桐生に頼まれて

なまえが着付けた浴衣は遥によく似合っていた。

予定ではこの後桐生がマンションの下まで迎えに来て、一緒に花火大会へ行くらしい。



「何、なまえ着付けとかできんのかよ。」

「まぁ、昔取った杵柄ってやつよね。」



珈琲でもどう、と呟いたなまえが伸びをしながら部屋へ入っていく。

次いで大吾がゆっくりと玄関を潜り抜けた。

学生時代に結婚式場でアルバイトをしていた経験がこんな所で役に立つとは。

人生というものは、やっぱり経験がものを言うのだなと改めて思う。



「良いモンだなぁ、夏らしいな。」



東京の繁華街にあるこのマンションで、季節を感じられるものといえば

珈琲がアイスコーヒーになったりだとか、エアコンがクーラーを作動したりだとか

せいぜいその程度だ。

氷を淹れたグラスに珈琲を注いで渡しながら、そういえばもしかしたら大吾も

浴衣を着て、夕涼みがてら夏祭りなんて経験はないのかも知れない。



「夏、だねぇ…」

「そうだなぁ…」



ころんと氷が音を立てた、外は夕方だというのにまだ明るい。

窓の外に見える申し訳程度の街路樹が緑色を湛えているのを見ながら

何か夏らしいこと、してあげられると良いのだけれどとなまえは思案した。















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