勉強るよ。










遥の勉強を見てやって欲しいと頼まれたのは数週間前だった。

元々努力家な彼女の成績は悪くないそうなのだが、仕事が忙しかった所為で授業にあまり出席しておらず

所々ケアレスミスをしては試験で勿体無い点の落とし方をしているらしい。

彼女も高校生、大学受験だって視野に入れても良い頃だ。

桐生からの親心がこもりにこもった申し出を、嫌だと断ろうと口をイの形に開こうとしたところ

大吾にきつく睨まれて今に至る。



「ごめんね、皆忙しいのに…」



なまえのダイニングテーブルに参考書と問題集を積み上げた遥は恐縮して第一声そう呟いた。

東京に用があるという桐生に連れられて、なまえ宅に預けられた遥は

前回会った時より一層大人びて見えた。



「別に良いよ、特に用事もないし。」

「大人って休みの日は何して良いかわかんないものだよ。」



なまえが宥めるのに便乗して品田が良く分からないフォローを被せた。

ほとんど年中休みみたいな男が何を言うやら。

大吾に強いられて場所を貸した、なまえも別に学生時代の成績は悪くなかったが

他人様に教えられるほど自分の学力が高いかと問われると不安になる。

品田と峯も呼び出して、遥のまわりをぐるりと囲んだ。



「何がわかんねぇんだ、ガッコの勉強程度で。」



峯が珈琲を片手に吐き捨てる。

遥は峯が苦手だと前々から桐生に聞いてはいたが、さすがに何年も前の話。

すっかり丸くなった峯に、苦手意識は薄れたようだけれど大吾やなまえに比べれば

幾分か警戒しているのが見て取れた。



「歴史と、数学…です。」



取ってつけたような敬語はきっと峯に向けられているのだろう。

怯えられている自覚も、原因に身に覚えもある峯は居心地悪そうに目を伏せた。



「数学って、例えば何だ?」

「えっと… この辺りとか、難しくて。」



空気を換えたいという意図を存分に含んだ大吾が水を向ける。

遥が開いた参考書の縁は所々折れ曲がって居て、仕事中の移動の際にバッグの中にでも入れていたであろうことがよくわかった。

赤いペンでいくつか印のつけられた式を見ても、正直なまえはピンと来なかった。

大吾が思いっきり眉間に皺を寄せて助けを求める視線を投げかけてくると

なまえも凄い勢いで首を横に振った。



「1次式なら大丈夫なんだけど、2次ってなると…」



そんななまえと大吾のやり取りを知ってか知らずか、遥は話を進めて行く。

そもそも漸化式なんて今の今まで海馬の隅の方で潰されかかっていたというのに

まさに今勉強している最中の若い脳味噌に教えられるわけがないのだ。



「結局さぁ、等比数列型に帰着するわけじゃん、要は。」



全く戦力外だろうと、席すら与えられなかった品田がダイニングに手をついて口を開くと

遥以外の顔が強張った。



「このやり方だとn回階差取らなきゃいけないから、係数比較で帰着させてさぁ…」



テーブルの上のペンを取って、空欄に書き込みながら品田が続ける。

元々字は汚い男だけれど、訳の分からない数式らしきものを書き込まれて

本格的に解読不可能だった。

呆気に取られる3人を他所に、遥はふむふむと真剣に聞き入っている。



「あ、そっか、じゃあコレを解けば良いんだね。」

「そうそう、そんでコレが答え。」



一番不要だと思っていた、むしろ邪魔にしかならないんじゃないかと思っていた男が最強の戦力になっていた。

尚もぽかんとしたままの大吾に、品田を呼び出した自分の功績を褒めろと言わんばかりに

なまえは無言で親指を立ててみた。













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