エストレモ
あの人カッコイイねなんて、こそこそと持て囃されたのは入学式から数日で
皆友達作りに必死な中で、クラスメイトに溶け込む努力の片鱗も見られない馬場は
桜が散る頃にはすっかり浮いた存在になっていた。
休み時間におしゃべりをするでもなく、外界を遮断するようにイヤホンをつけて
窓の外を眺めていた馬場はいつしか
かっこ良いけど近寄りがたいよね、と揶揄されるようになっていた。
ある晴れた初夏の午前中、移動教室の為に教科書とペンケースを抱えてなまえが教室を出ようとする時も
馬場はポケットに手を突っ込んで、椅子の背もたれに深く腰かけて空を眺めていた。
騒がしい休み時間の喧噪は、そのイヤホンで全て取り払われてしまっているようだった。
「ねぇ。」
もうすぐ始業のチャイムが鳴る。
お節介かと思いながらなまえが掛けた声も、イヤホンには敵わないようだった。
友人が放って置いて行こうよと急かすのを、何故その時に限って断ったのかは今でもわからない。
ただなまえは窓際の馬場の机に歩み寄って、彼の視界に入る辺りで立ち止まった。
「何。」
爽やかで少し高い声は、冷たい感じがした。
あと2分で始業のチャイムが鳴る。
「何聴いてるの。」
片手で右耳のイヤホンを外し、机に肘をついた馬場がなまえを見上げた。
そして、なまえの知らない、遠い国の歌手の名前を口にした。
夏が過ぎて秋になると、クラスメイトはもうすっかり打ち解けていて
部活だのバイトだのと騒がしく過ごしていた。
学校帰りになまえが馬場の家に入り浸るようになってから気づいたのは、両親がいつも不在だということだった。
仕事で多忙なのか、それとも元々居ないのか、一度も問うたことはなかったし
彼もそれについて一言も言及しなかった。
「煙草は身体に悪いらしいよ。」
馬場の匂いの染みついたベッドの上で制服のシャツに腕を通しながらなまえが呟くと
慣れた様子で彼は灰を灰皿に落とした。
さっきまで裸で汗をかいていたのに、もうその背中はさらりと乾いて
ベルトを開けたまま制服のパンツをだらしなく身に着けて床に座っていた。
「知らなかった。」
表情ひとつ変えずに嘯く馬場に這いずりよって一口催促すると
馬場は肩越しになまえの唇へ咥えさせた。
咽ずに吸えるけれど、一度も美味しいと思ったことはなかった。
「ねぇ、私のこと嫌い?」
夕方の日差しが、薄いカーテンを閉めた窓から見え隠れしていた。
性行為を一度も気持ちが良いと思ったこと等ない。
ただ痛いだけで、別に幸せを感じることもなかった。
たぶんこれが、高校生に似合いの性行為なのだろう。
ニコチンでもたつく喉を、昼に購買で購入した飲みかけのジュースで潤しながら問うと
馬場は返事の代わりに溜息を吐いた。
「じゃあ、愛してる?」
紺色の靴下を履き終えて、やっとベッドから抜け出す。
なまえが制服のリボンを付ける様を、ぼんやりと見つめながら
馬場が呆れたように煙草をもみ消した。
「どうしてそう、極端なんだ。」
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