逮捕されることをパクられると呼ぶことを、馬場が収監されてから初めて知った。

平凡な成績で平凡な大学を卒業し、平凡な企業に勤めていても知らない常識ってあるのだなぁとぼんやり考えながら

無機質なRC構造の網走刑務所の前でタクシーを降りた。

昔はローファーと紺ソックスだった足元は、ピンヒールのパンプスとパンツスーツで

化粧を覚え、髪を巻くことを覚え、酒の味も覚えた。

馬場の自室で時折口に咥えていただけだったはずの煙草は案の定習慣になり

今では銘柄こそ違え、彼の銘柄とそう変わりないタール数の煙草を

1日に1箱は空けるようになっていた。



此処へ来るのは2度目だった。

馬場が罪を犯したと知ったのは新聞で、収監されたと知ったのは裁判記録を読んでだった。

気の遠くなるような長い時間を塀の中で過ごすことになったと知った時は

馬場自身の心配より、遺族はそれで満足なのだろうかと頭を過った。



そして幾年月。

初めて網走刑務所を訪れたのは馬場の正確な出所日を訊く為だった。

簡易なパイプ椅子のある、小さな部屋で高坂と名乗った副所長は始め裏社会絡みなのかと訝しんでいたが

高校時代の同級生だと釈明すると、その厳しそうな顔を少し緩めて

いいことだ、彼にも帰る場所がある。と静かに呟いた。



正面玄関脇の小さな扉から制服を着た役人が2人出てくると、それに次いで坊主の男が頭を
下げながら現れた。

一言、二言、役人と何かをやり取りすると彼はまた深く頭を下げて

くるりとなまえの方へ向き直ると、そっと歩き出した。

伏せられていた目がゆっくりと上げられてなまえを認めると

馬場は一瞬、誰かわからないような顔をした後に

あ、とその大きな目を丸く開いた。



「なまえ、さん、ですか。」



ゆっくりと息継を挟みながら問う声に無言で頷いて、少し離れて待たせているタクシーを指さした。

じゃりじゃりと埃っぽいアスファルトを踏みながら、馬場はゆっくりとなまえの隣に付いて歩いた。



「別に、良かったのに。」

「良かないわよ。」



並ぶと、高校時代より幾分か背が伸びたようだった。

あの頃と比べれば多少歳を取ったように感じる肌も声も、きっとお互い様なのだろう。

なまえは馬場を見上げながら、少しだけ歩調を緩めた。



「誰の所為でこの歳まで独り身だと思ってんのよ。」



昔感じた近寄り難さは、もう馬場から感じられなかった。

それどころかあの退廃的で殺伐とした、言いようのない世捨て人のような雰囲気もなくて

なまえの知っていた馬場とは別人のような、優しい印象すら受けた。



「今まで?ずっと?」



驚いたような声色でなまえを見下ろす馬場を、見つめ返すことなくなまえは頷いた。

それでも左半身に感じる、少し高いくらいの体温は

あの頃をまざまざと彷彿とさせた。



「貰ってくれなきゃ、困るわ。」



どんなにゆっくり歩いても、せいぜい10数メートル先のタクシーにはすぐ辿りついた。

なまえの到着を見届けて運転手が扉を開ける、乗りこみ際に吐き捨てると

どうしてお前は極端なんだと、馬場は腹の底から笑った。





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