屋形船に乗りこむと、兼ねてからお願いしてあった端唄の三味線が流れていた。

せっかくなのでシチュエーションに凝ろうと言い出した峯が、片瀬に頼んで手配してくれていたのだ。

まぁ、当の片瀬は誘ったところでやっぱり来なかったのだけれど。



「江戸っぽいですね。」

「江戸っぽい。」



峯と大吾がしみじみと、かつての東京に思いを馳せる。

お前ら何時代の人間だよと突っ込みたい気持ちを抑えつつ、彼らは嫌に着物が似合うなと思った。



「とりあえず、乾杯ということで。」



発端のなまえが軽く音頭を取って、ビールで乾杯した。

カラカラに乾いた喉に1杯目はすぐに吸収され、2杯目からは勿論冷酒だ。

船内で揚げたアナゴの天婦羅は、塩で食べるのが正解だった。

今朝築地で仕入れたというはまちの刺身をつまみながら、友人や同僚達は今日

海の家で焼きそばでも食べて居たのだろうかと想像する。



「エェ、ここらで夏の曲でもひとつ。」



賑やかになってきた所で、芸者がぴぃんと三味線を爪弾いた。

待ってましたと号を飛ばして皆が一旦箸を置く中

品田と花はしっかりと食事を進めていた。

軽く調弦を済ませた芸者が、夏はうれしやと歌い始めると

なまえは海の家でビキニ姿の友人たちの妄想を頭から追い出した。

いいや、やっぱりこっちの方が合って居る。



「風流ですねぇ。」

「江戸っぽい。」



秋山がしみじみ感想を述べるのに重ねて、峯がまた同じフレーズを繰り返した。

彼には情緒とか、そういうものが欠けている。

そんなに江戸が気に入ったのだろうか。

良い感じに酒が回り、そんな峯の天然っぷりにさえ笑えるようになった頃

そろそろ停泊場所に着くと、男性の船員が伝えに来た。

あらかた片付いた膳を後にして、一同がぞろぞろとデッキに向かう。



「うわぁ、お腹いっぱい。」

「良かったじゃん、船酔いしなくて。」



甚兵衛の腹を摩りながらよたよた歩く品田になまえが声をかける。

ふと気づいたような顔をした品田が2、3度瞬きをすると

ほんとだ、と呟いた。



「私もお腹いっぱいです。」

「良かったね、花ちゃん。」



秋山と花のコンビはいつ見ても癒される、なんだかほんわかしているのだ。

そんな二人の様子を微笑まし気に見守るなまえの前を歩く峯が、ふと立ち止まってなまえを見つめた。



「何、どうしたの。」

「なまえ、お前は風情ってもんがわかっちゃいない。」



デッキに至る階段で、手を差し伸べてくれるのはまぁ優しいと思う。

それにしても先ほどからの感想が『江戸っぽい』しか言わない男に風情がどうのと言われたくはない。

なまえが階段を登り切ると、先にデッキへ着いていた大吾もひょいと覗き込んで

峯と同じ感想を口にした。



「お前、浴衣着てんだからもうちょっと気ィ遣えよ。」

「何、良いじゃん別に。」



二人の目線はなまえの顔、ではなく胸、でもなく、その手に向けられている。

やっぱりもう少し気を遣うべきだったのかもしれない。

なまえの手にはビールの缶が握られている。



「アル中か、お前。」

「呑める時に呑めるだけ呑むのが美学なのよ。」



屋形船の中で三味線を聴きつつ、肴をつまみながら酒を呑むのも良いけれど

デッキで東京の景色を見ながら夜風に吹かれて呑む酒もまた美味い。

そこらへんの美学が、こいつらにはわかっちゃいない。















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