この家に来るまで知らなかったことだけれど、商店街は日中でも結構混んでいる。

ほとんどが女性だけれど、皆が思い思いに夕飯の買い物をしている。

反対方向には大きなチェーンのスーパーがあるけれど、レジのパートの女性が

毎日訪れるなまえにそっと、商店街の方が良いものを売っていると教えてくれた。

おまけもつくし、安いしねと笑った女性にはなまえが主婦に見えたのだろうか。

峯はなまえの服装や容姿に細かい注文をつけなかったけれど、どちらかというと質素な服装を好むようだった。

例えば薄いベージュのニットに細身のパンツとカーディガンのような

ごくごく一般的な主婦の服装に安堵するようだった。

尤も、褒められたり似合うと称賛されたわけではなく

いつもそうしていると良い、とぶっきらぼうな感想を述べられた程度だったけれど。



「秋刀魚は、まだある?」

「あるけどやめときな、鰹か鯖のが良いのがあるよ。」



魚屋の店主とは顔馴染みになってしまった。

料理なんか滅多にしなかったなまえはせいぜい包丁を握れてカレーを作れる程度だったけれど

ここへ来て5年、作れない料理を探す方が難しい。



「じゃあ、鰹。」

「毎度。」



今日もまだ残暑は続いている。

カルパッチョにでもすれば、多少は夏の疲れも癒されることだろう。

峯は真夏でも必ずジャケットとネクタイを着用した。



「さて、今日はお米買わないと。」



鰹を受け取って、商店街の少し奥の米屋を目指す。

洋食も嫌いではないようだけれど、峯は白飯を好んでよく食べた。

年齢的に言えば酒を飲めば白米を食べられなくもなりそうだけれど

よく引き締まった肉体には白米が欠かせないのかもしれないと思えた。

それに、大きな茶碗に2杯は食べる様を見ているのは若い男性の食欲を満たしている感じがして心地良かった。

米屋でいつもの米を精米してもらっている間、土間あたりで荷物を置かせて貰った。



「なまえちゃん、今日はウチでお終いかい。」



米屋の3代目が声をかけてきた。

年齢はなまえとあまり変わらない、爽やかで仕事のできる明るい青年だ。



「うん、もう帰るだけ。」

「なら運んでいこうか、重いだろ。」



彼には住み込みの家政婦と簡単に自己紹介をしてある。

ふぅんと言ったきり深く掘り下げなかった彼は、なまえにとても良くしてくれている。

2代目の夫婦はそろそろ高齢で、彼が結婚次第跡目を渡すのだと

しきりになまえに話す理由を、なまえはのらりくらりと躱している。



「大丈夫、運べる。」

「でも、ほら、雨だし。」



彼に言われてガラス戸の外を見ると、パラパラと雨粒が下りてきたかと思えば

一瞬の内に夕立になってしまった。

秋の天気は、変わり易い。



「あそこの高いマンションだろ、車で乗っけてってやるから。」



なまえの制止を聞かずに、彼は精米済の米をトラックの荷台に積んだ。

ついでになまえの腕から鰹の入ったビニール袋までを奪って、助手席を促す。

峯は知人等を家に連れてくることは一切無かった。

それどころか郵便物のひとつ、メールポストに届くことはなかったし

誰かが訪ねてきても絶対に出ないようにと言い渡されていた。

まぁ、彼の立場を考えれば当然のことだとも思うけれど。

結構です、遠慮なさらずの応酬を何度か繰り返した後、結局手前の道路までという話で

なまえは助手席に座った。

いつもならほんのり汗をかきながら往復する商店街までの道はあっという間に通り過ぎた。



「ここで、大丈夫。」

「本当?荷台から降ろすのくらい手伝わせてよ。」



気の良い青年は商店街でも好評の男だけれど、これほど親切なのはたぶん他にない。

彼の気持ちに気づかないふりを何年も続けているのにも慣れてきた。

今度こそ本当に彼の好意を振り切ったのに、荷台でもたもたしているなまえを見かねて

青年は運転席から降りてくると、ひょいと米を下した。



「なまえちゃん、あんま無理すんなよ。そんな細っこい腕して。」



揶揄う青年にお礼と、細くはないと反論していると軽トラの後ろに見慣れた車が停まった。

マンションの立駐に入らず、車がぴたりと停止すると

なまえの心臓がどくりと跳ねた。



「何してんだ。」



冷たい口調で、少し焦った声色の峯が車から降りてきた。

慌てて青年が商店街の米屋です、と自己紹介をする。



「一人で帰れるって言い張ったんですけど、雨だったので。」



事の顛末を簡単に説明しながら、青年はあくまでなまえの立場を考慮してくれた。

峯はちらりとなまえを見て、それから何も言わず荷物を持ってマンションへ向かった。



「あの…」



無言のエレベーターの中でなまえが口を開いたけれど、峯は無視を決め込んだ。

いっそ恫喝された方が気が楽だと思うのに、彼はついぞなまえを叱ったり

責めたりしたことはなかった。



「お帰りは夜だと思っていたので、まだ食事の支度は…」

「構わん。」



それきり峯は何も言わないまま、荷物を台所まで運び終えると

珈琲を要求したきり部屋にこもっていた。










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