せかいがかわる 1




金曜日の飲み屋街はどこもかしこも繁盛していて、まだ7時過ぎだというのに酔っぱらって足下がふらつくスーツ戦士たちを避けながら細い路地を足早に歩く宍戸は、赤提灯がぶら下がる年季の入った店の前で止まった。
立て付けの悪そうな扉をガタガタと開けて少しべた付く暖簾を潜ると、カウンターに見知った顔が待ってましたと言わんばかりに宍戸へ笑顔を見せた。

「遅れてごめんな、最後の仕事がトラブって定時に上がれなかった」

「大丈夫ですよ。俺も少し仕事してからここに来たので」

ほらここ、隣の席をぽんっと叩いて宍戸を誘導した中学からの腐れ縁の後輩はもう一杯引っかけているようだ。
店主には言えないがこの店の雰囲気に似合わない上等なスーツを嫌味なく着こなしカウンター越しに店主と話す鳳はもう常連と認識されているのかまったく浮いていない。
そういえば最初にこの店に連れてきたときも別段浮いていなかったな、と宍戸は後輩の人懐こさに改めて感心した。
テーブルには鳳の好きな甘めの角煮や煮卵など高カロリーなものが置いてあり、宍戸がそれらの残りを肴にビールから焼酎へと飲み進めていく。

「お前もそろそろこういう高カロリーなもんばっかり食ってないで健康考えろよ」

「毎日食べてるわけじゃないしいいじゃないですか」

「そうは言っても二十代も後半になると身体を戻すのに時間かかるぜ。お互い独身なわけだしな油断すんなよ」

「そう…ですねえ…」

鳳は店の奥に張り付けてある薄汚れたお勧めメニューを見ながら軽くため息を吐いた。

「宍戸さんは中学の頃から体型変わってませんよね。羨ましい」

「そうかあ?やっぱりテニス辞めてから体重少し増えたぜ」

「中学からずっと宍戸さんを見てきたけど、やっぱり一緒に着替えることとかなくなった分、宍戸さんの細かいところまでわからなくなってきたみたい」

「なんだよ、そんなこと別に普通だろ?」

「いや俺、宍戸さんマニアでしたから」

「あー…、まぁそうかもな。いっつも一緒にいたからな。俺も他の奴らより長太郎のこと何でも知ってると思ってるかも」

宍戸がコップに残った焼酎を一気に飲み干し次を注文しているその隣で、鳳は今聞かされた宍戸の言葉にまたため息を吐いた。

「そういやこの前実家に呼び出されたって言ってなかったか?どうした、親の具合でも悪いとか…」

「あぁ、両親とも元気です、ピンピンしてますよ」

「…じゃあアレだな。この歳で実家に呼び出されるもう一つの理由なんて結婚話しかねえだろ」

「そうです…、見合いを勧められました」

「やっぱりな。お前長男だし親も心配してるんだろう。ほら前に付き合ってた女いただろう?今はどうなってんだよ」

「とっくに別れましたよ。俺…結婚する気ないっすもん」

「こんなイケメンが結婚しねえの?勿体ねえなあ」

そう言って宍戸はビールがほとんどなくなったコップの水滴を指でなぞっている鳳の頭をガシガシとかき混ぜた。
やめてくださいよ、と嫌がっているわりに後輩はほんのり笑顔を見せている。
数年前に亡くなった実家の犬を思い出した宍戸はしつこく鳳の頭を撫でまわす。

「そ、そういう宍戸さんは親からなにも言われないんですか?」

「ん?俺?俺んちはほら、兄貴がもう結婚して子供もいるし、親は孫溺愛で次男はそっちのけなんだわ」

「じゃあ結婚しないんですか?」

「今はまだいいかな。長太郎とこうやってたまに飲んで遊んだりしてる方が女といるより楽しいかも」

「………」

「だからさ、長太郎が結婚しちまったら結構寂しいかもしんねえな…」

「宍戸さん…」

「結婚するときは早めに言えよ…」

「…酔ってますね。ご主人お水ください」

酔ってねえよとひらひらさせている手が力なくだらんとしている。
そして鳳の差し出した水を一気に飲み干すと鳳の肩に手を回した。

「よし、仕切りなおして飲むぞー!」

「ちょっと宍戸さん、もうやめた方が…」

「後輩が介抱してくれるのはお決まりだろ?」

「…そんなこと言って…」

酒がそんなに強くない宍戸は会社の飲み会ではいつも飲んでも二杯、そのあとは烏龍茶で誤魔化しながら酔いを覚ましているが、鳳と飲むときはたまに羽目を外す。
そういう時は鳳が宍戸のマンションまで送っていくのがお決まりになっていて、今回も帰りは鳳に任せようと宍戸は焼酎を注文した。
鳳がまたため息を吐いたことも知らずに。







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