ペテン師
自分で言うのもなんだが、俺はモテる。中2になった頃から異様にモテだした。最初はまぁ嬉しかった、が。それが毎日続くもんじゃからだんだん嫌になってきて。キャーキャー騒ぐ女共はうるさくてかなわんし練習にも集中できん。毎日のように告白してくる女を最初は断っとった。そうしたらきっと諦めると思っていたがどういうわけか告白してくる人数は減らない。むしろ増えるばかり。いい加減めんどくさくなって、告白してきた女子にテキトーに頷いたのが始まりだ。
告白してきた女子はちょっとええな、って思っとった子。最初はそれなりに楽しかった。もしかしたら、ソイツに本気で恋しとったかもしれん。毎日が楽しくて、充実していると思っとったんじゃが…いつからだったか。メールしなかっただけで疑いをかけてくる、電話しなかっただけで昨日なんで電話くれなかったの!って詰め寄ってくる。束縛は嫌いじゃ。あんなにめんどくさい女とは思わんくて、一気に冷めた。ソイツと別れたあとも何回か女子と付き合っていたが、全員が束縛するタイプでめんどくさい女。俺の中で女=めんどくさい、っていう方程式が成り立った瞬間だ。

それからは現在の通り。
本気で付き合うんじゃなくて、ただの遊び相手として女を抱く。飽きたら捨てる。それを繰り返した。別れを切り出すと一度は渋る女や、自分から離れていく女が大半だ。来るもの拒まず、去るもの追わず。それが俺のポリシー。

篠田もまた、遊び相手の一人だった。だがコイツとは体の関係を持たずに別れを切り出した。理由はごく単純なもの。飽きたから。そんなにタイプじゃなかったし何よりウザい。どこがって聞かれると困るんじゃが、とにかくウザかった。さっさと別れようと、いつものように俺から告げた。
だが篠田は、他の女とは違い諦めが悪かった。飽きたから、ウザいから、めんどくさくなった、つまらん、タイプじゃない。思い返せばけっこう酷い言葉を浴びせたように思うが、ハッキリ言わんと篠田には効かんと悟ったんじゃ、仕方ない。

俺がどれだけ冷たくしても、無視しても篠田はしつこく詰め寄ってきた。なんで、あたしのどこが嫌いなの、理由を言ってよ、好きなの。毎日毎日、その言葉。いい加減イライラし出した俺は、つい言ってしまったんじゃ。

“本命がおるから"って。
さすがにこれなら諦めるだろうと思った。本当は本命なんておらんけど。けど、篠田は本っ当にしぶとくて。

「誰!?本命って誰なの仁王くん!」
「お前に関係ないじゃろ。」
「…どうせ嘘なんでしょ。あたしを諦めさせるための方便なんでしょ!騙されないから!」
「…嘘じゃなか。本当におる、心から好いとる人が。」
「じゃあなんで遊びまくってたの?」
「…気分。」
「嘘だ。」
「しつこい。」
「じゃあ会わせてよ!その本命の人に会わせて!」
「会ってどうするんじゃ。」
「どうもしない。ただ本当かどうか知りたいだけ。ねぇ、会わせて。」
「……わかった。」


あんまりにもしつこくて、ついつい了承してしまったことを激しく後悔した。どうする俺。彼女なんておらんのになんであんなこと言ってしまったんじゃ俺のバカ。
この際もうテキトーに女選んでフリしてもらうか……。そんな考えが浮かんだが、すぐに無理だと俺の脳が叫ぶ。調子に乗るのが目に見えとる。どうせ選ぶなら篠田もびっくりするくらいの美人で賢くて、調子に乗らん女。それで演技力もあったらなおいい。って考えた俺の頭はよっぽどバカらしい。そんな完璧な女がいるわけ…………いや、待てよ。一人いる。俺の条件に合う完璧な女が東京の、氷帝に。


頭に浮かんだ、一人の女。
アイツなら、俺の条件に全部該当する。もうアイツしか考えられん。なんとしてでも頼まんと。慌てて携帯を取りだし、氷帝テニス部のマネージャーである美麗に電話をかけた。正直、美麗が快く了承してくれるとは思っとらん。めんどくさがりな性格で、理不尽なことが嫌いな彼女が、俺の理不尽極まりない都合を許してくれるわけがない。
けど、電話に出た美麗は彼女役をやってくれ、という頼みに動揺を見せた。なんであんなに動揺したんかはわからんけど、なんとか了承してくれて安堵。

翌日土曜日、神奈川駅前で待つこと数分。突然後ろから頭を殴られあまりの痛さに涙目になる。振り返れば、そこには私服姿の美麗が睨みながら立っていた。『雅治のバーカ。』と、悪態つかれ、相当怒っているのがわかった。申し訳ないとは思うが、何も殴らなくても…。
暴力反対と抗議してみればお前が悪いと返ってきて、もう何も言えなくて笑うしかない。


「今日はよろしく頼むぜよ。」
『仕方ないから協力してあげるけど…何したらいいの?』
「なんもせんでええ。ただ俺の恋人じゃと言ってくれれば。」
『ふーん。すんごく不愉快だけど、まぁいいわ。』


それにしても寒いわね、と呟く美麗をじっと見つめる。
夏の私服を見た時も思ったが、センスがいい。冬の私服も夏の私服も、そこら辺の女より断然可愛い。駅周辺を行き交う男の視線を集めているのに気づいとるんじゃろか。今、美麗は俺の隣におる。それだけで優越感を感じ、小さく笑っとる俺に気づいた美麗が眉をしかめ問いかけてくる。


『何笑ってんのよ。』
「いや、相変わらず綺麗じゃな、美麗は。」
『……え』
「私服、よう似合っとるぜよ。可愛い。」
『…な……っ!』


思ったことを言ったまで。
美麗のことだから、きっと学園祭の時みたいに鼻で笑って、当然でしょ、だって私だもの。とか言うと思っとった。
けど実際の反応は全く違った。
赤くなり、狼狽える姿は本当に珍しい。


「顔、赤いぜよ。」
『…っアンタがあんなこと言うからでしょ!?』
「照れるなんてらしくないのぅ。俺はてっきり、鼻で笑われるかと思っとった。」
『……不意打ちは卑怯よ!』
「……やっぱり、美麗も女の子じゃな。」
『どういう意味?』
「いや、可愛いなって思っただけ。」
『…からかうのやめて。怒るわよ。』


最近わかったが、美麗は案外照れ屋だ。不意打ちで来られると対応できないらしい。いっつも余裕そうで、高飛車な態度で、自分に自信があって。実は照れ屋。こーいうのをギャップと言うのか。なるほど確かに可愛いと思う。赤い顔で睨まれなぜかドキリと跳ねた鼓動。いままで女に対して抱くことのなかった感情に戸惑いを感じたのも一瞬、すぐに笑いが込み上げてきた時、「仁王くん!」と甲高い女の声。奴がきた。


俺をなかなか諦めない女、篠田は開口一番告白してきた。
コイツは本当にしつこい。俺が彼女いるからと言っても構わないから、と、愛人だとか奴隷だとかセフレだとか平気で口にする。なんて諦めの悪い女。
心底困り果てていた時、今まで黙っていた美麗が篠田を呼んだ。篠田は美麗を見た瞬間目を見開き、俺の胸ぐらを掴み、おもいっきり揺すった。

グラグラと揺すり、ありえないと叫ぶ篠田は矛先を美麗に変えた。
篠田に詰め寄られても顔色一つ変えず佇む美麗の威風堂々とした立ち姿。ブレない態度。そして抜群の演技力に圧倒された。


「嫌いになったりしないの?浮気してたような人が、あなたは好きなの?ムカつかない?」
『ムカつくに決まってるでしょ。雅治はサイテーな男だわ。こんな男、大嫌い。今すぐにでも殴り倒してやりたいくらい、怒ってる。』
「……(あれが本心なんじゃろーなぁ…あー怖。)」
『ムカつくけど。でも好きなの。』
「!」


好きだと。ハッキリ告げた美麗にまたしても跳ねた鼓動。


『どうしようもない浮気野郎だけど、好きだから。愛してるから。離れたくないのよ。』
「……っ」


演技だとわかっているのにドキドキと高鳴る鼓動は速さを増すばかりで顔に熱が集まるのがわかる。女優並みだ。アカデミー賞でも取れるんじゃないかと思うくらい、完璧すぎる演技。やはり美麗に頼んでよかったと思ったのもたった数時間のこと。篠田は無事に俺を諦めてくれたが、なぜか美麗に惚れたらしく、頬を赤く染め、美麗に好きだと詰め寄る。あの顔は本気だ。同性だというのに、本気で美麗に恋をした篠田に正直ドン引き。まさかアイツにそんな趣味があったなんて知らなかった。というか美麗は同性に好かれすぎじゃ。(本人にはそんな趣味はないみたいだが)


それ以来、篠田は学校で既に存在している美麗のファンクラブに入会。静かに、控えめに活動しているファンクラブが激しくなったのも、会員数が増えたのも全部篠田のせい。そのせいで俺達テニス部にも被害は及ぶ。中でも美麗と血縁関係にある真田は大変な目に合っていて、やっぱり美麗にしたのは間違いだったかと思った。


「いやそもそもお前の遊びが原因だろぃ。」
「これに懲りたら二度と遊ばないことだね、仁王。」
「……ピヨ。」


言われんでも、もう二度と複数の女と遊ばんぜよ。どうせ遊ぶなら、美麗とがいい、なんて一瞬でも思ってしまった俺はいったいどうしたのか。その気持ちが恋なのか、憧れなのか、はたまたただの友人だからなのか…わからないまま。
_14/14
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