伝説の女帝
伝説の女帝
女帝の日常番外編


私立氷帝学園。都内で知らぬ者はいない、マンモス校。その学園には、女帝がいる。
何もかも、完璧な人。生徒会長である跡部様の隣に当たり前のように、君臨している人。
いずれこの氷帝の伝説となるだろう、帝王と女帝の存在。いえ、もう既に伝説となっているでしょう…我が氷帝が誇る、美しき帝王と、女帝。


日本人離れした容姿はきっとこの世で一番美しい。
長い蜂蜜色の、真っ直ぐに伸びた髪は太陽の光を受けて金色に輝く。
赤い瞳は、凛々しく、艶やか。よく見ればとても優しい赤色をしている。生徒会副会長、男子テニス部マネージャー、学年二位、運動神経抜群、スタイルはモデル以上。圧倒的な美貌と、跡部様にも引けを取らないカリスマ性。

女帝と呼ばれ、崇められている女の子。


雪比奈美麗。


私はいつも、彼女を見てきた。
彼女に追いつきたくて、彼女を追い抜きたくて、必死に頑張るけれど、いつも敵わない。

この学園で、恐らく二番目に美しいのはこの私。
学力は常に10位以内には入っているし、運動はちょっと苦手だけれど、スタイルだって…それなりには。学園祭の名物イベント、ミスコンには毎年参加して、準優勝という成績を残しているわ。家柄だって、彼女より優れている。

私が彼女に勝つとしたら、このミスコンしか方法はなかった。学園で一番美しく、可愛い女子生徒を決めるミスコン。毎年優勝している雪比奈さんに勝ちたい。是非とも勝ちたい。今年最後のミスコンですもの、絶対に勝ちたい。

学園祭の出し物を決めた後に、ミスコン参加者を決める話し合いを行った際、私は自ら立候補した。



「私が!私が出ます!」

1年、2年と彼女に負けっぱなし。今年こそ…!


「今年こそ女帝に勝つ!!」


思わず漏れた意気込みを聞いたクラスメイト達が、びっくりしたような、ひきつった笑みを浮かべていたのなんて気づかないくらい、私は燃えていた。
メラメラと燃える気持ちのまま、まずは宣戦布告でもしに行こうと、決める。

放課後、いつものように跡部様の応援をする傍らで、雪比奈さんの姿を探す。不真面目のようで、真面目な彼女はしっかり仕事をこなしていた。だらけている姿しか見ないから、最初はびっくりして、許せなかったけれど…あの人はいつでも真面目だって知ってから、ちゃんと認めてはいるのよね。本人にそんな事言ったら何様のつもりって睨まれるだろうから言わないけど。

跡部様には熱い視線を投げ、雪比奈さんには闘志に燃える視線を投げる。


部活終了後、いつもなら取り巻きの子達と帰るけれど、今日は雪比奈さんに言いたいことがあるから、と、先に帰ってもらった。


雲の上にいるようなあの人に話しかけるなんて、緊張する。けれど、どうしても言いたいから。

校門で待ち伏せていると、静かだった辺りがガヤガヤと騒がしくなってきた。ようやく現れたテニス部レギュラーの方々。その中心に、雪比奈さんもいた。深く深呼吸して、気合いを入れて、彼女達の前に立ち塞がる。

「雪比奈さん!」
『……?』
「あ、山崎じゃん。」
「山崎?…あぁ、跡部のファンクラブ会長か。」

「この二年間、ずっとあなたに負けっぱなしだったけど!今年こそミスコンであなたに勝ってみせるわ!覚悟しなさい!」


精一杯の担架。
決まったわ。これで彼女も焦りを見せるはず…。この時の私は、そんな風に思っていたけれど、忘れていた。彼女は、雪比奈さんは絶対的な女王。天下の女帝様が、こんな担架に焦るはずがないって。


『……あなた誰?』
「!?」

私なんか、眼中にない物言い。
ずっと彼女の下に居続けた私は、彼女を越えたくて、彼女を目標に、彼女を見据えて三年間過ごしていたのに…!

雪比奈さんは私なんか眼中になくて、名前すらも知らない。その衝撃は凄まじく、固まる私に同じクラスの向日くんを始めとするテニス部の皆が慌ててフォローを入れてくれたけれど…


「ミスコンの常連でいつも美麗の後ろにいた奴!ミスコン準優勝者!」
「そんで跡部のファンクラブの会長さんやで。」
「まぁモブキャラだし、知らなくて当然だよな。うん、俺も今初めて知ったぜ。」
「しーっ!宍戸さん、声大きいですよ!」

「跡部は知ってた〜?」
「……いや知らねェ。」
「…あの人、部長のファンクラブの会長でしょう?」
「知らねぇ」
「……」



跡部様にも知られていないなんて。私の心はもうズタボロだわ。…いいえ、今はショックを受けている場合じゃない。
彼女にライバルとして覚えてもらうんだから!


「3年D組、山崎仄香!跡部様のファンクラブ会長で、ミスコン常連で常に準優勝よ!覚えてちょうだい!」
『あー…はいはい、加藤さんね、了解。』
「違う!!誰よ加藤さんって!一文字も合ってないじゃない!山崎よや、ま、さ、き!」
『山田さん?山田花子さんね。覚えましたー。』
「違うっつってんでしょうが!アナタ覚える気ないわね!?」
『ないわ。』
「即答かよ!」



ツッコミ疲れで肩で息をする私は、もう一度だけ、言っておく。


「今年、こそ!今年こそはアナタに勝つ!今に見てなさいよ!」


びしっと雪比奈さんを指さすけれど、彼女は素知らぬ顔で歩き出し。やがて私の目の前に立った。
近くで見れば見るほど、気高く美しいその容姿と、ただならぬ威圧感。まるで跡部様を目の前にしているみたいに、威厳があって…神々しい雰囲気にたじろぎそうになる。

けど、負けるわけにはいかないわ。キッと、私よりも背の高い雪比奈さんを睨み上げる。


『やれるもんならやってみなさいよ。アンタみたいな小物に、この私が負けるはずがないんだから。』
「こ、小物ぉ!?」


不敵に笑う雪比奈さんは、そのまま私の横をすり抜け。


『ま、頑張りなさいな。』


甘い香りと共に、そう言い放った。

去り行く彼女の背中を見つめながら、固く決意した“打倒、女帝様”。


けれど、やっぱり女帝には敵わなかった。

初っぱなから順位を引き離されたし、第二次審査は圧倒的。あんな豪華で大胆な衣装、彼女以外に似合う人なんていない。
花魁っていうワードも思い浮かばなかったし。最終審査なんて反則なくらい可愛くて美しくて…もう私に勝ち目はないって認めざるを得ないくらい、彼女は美しかった。2年前より遥かに綺麗になった雪比奈さん。最後のミスコンも、私はやっぱり準優勝。悔しいけれど、彼女にはきっと一生敵わない。


本当は、わかっていた。私が敵うはずがないって。わかりきっていたけれど…でもやっぱり諦めたくないし、悔しい。


「……さすが女帝。敵わないわね。」
『当然よ。私に勝とうだなんて、100億年早いわ。』


フン、と鼻で笑い、髪をかきあげる雪比奈さんは、颯爽と歩き出し、私を見もせずに通りすぎていく。


『…でも、私を越えたいっていう、勝ち目のない勝負にも諦めないその姿勢、私は好きよ。』
「……!」


バッと振り向けば、雪比奈さんは優しい笑みを浮かべながら私を見ていた。


…その笑顔は、ズルい。


『精々意気がってなさい、山田花子さん。』
「だから…山崎仄香だって言ってるじゃない!」
『私を越えたら覚えてあげる。じゃあね、や、ま、だ、さん。』
「……っ!絶対越えてやるんだからぁぁ!!」


絶対的女王。
我が氷帝が誇る。


女帝、雪比奈美麗。


彼女は私の最大のライバルであり、私の、憧れの人。
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