雪合戦
昨夜から降り続いた雪が、辺りを一面、白に染める。雪は今だに降り止まず、鉛色の空からふわりふわりと優しく落ちてくる。

立海では、雪が降る中わざわざ集まっていた。しっかりとテニス部のジャージを着て。
本来なら部活は休みになるはずの雪の量。しかし、たかが雪で部活を休みにするほど、立海は甘くない。かと言ってテニスは出来ないため、今日はトレーニングのみ。


「あ゙ー…っ寒ぃ!超寒ぃー!」

ガタガタと震えながら叫ぶ丸井に、赤也が同意するように力強く頷いた。


「なんでこんな雪の日に集まるんスか!寒いっスよー!ストーブが恋しい…っ」
「…確かに、今日は一段と冷えるな。手がかじかんで字が書けん。」


柳が呟く。

「たとえ雪の日だろうと、練習を休むわけにはいかぬ!これしきの雪で根をあげるなど、たるんどる証拠!」
「テニスは出来ないから、今日はちょっとしたトレーニングをしようと思う。このトレーニングの目的は反射神経を養うためのもの。」
「…反射神経…?」


一体どんなトレーニング方法なのか。検討もつかないメンバーに、幸村は綺麗な笑顔でウキウキとした弾む声で言った。

「雪合戦さ!」
「「「…雪合戦?」」」


トレーニング方法は、まさかの雪合戦。
案の定、目を丸くさせる丸井達だったが、柳は関心したように一つ頷いた。


「なるほど…雪合戦か。いいトレーニングになるな。」
「…そんなんどうでもええから、早く帰らせて。寒いナリ。」


寒がりな仁王はガッタガタ震えながら、柳生に引っ付いて離れない。マフラーに手袋、ジャージの上に厚手のコートまで着ているが、寒さはまったくしのげず。寒い寒い言いながら、柳生で暖を取っていた。


「雪合戦って…遊びじゃん!」
「遊びではない!一応立派なトレーニングだ!」
「…一応、ですか?」
「雪合戦、即ち雪玉を投げ合う遊び……ゴホン、遊びだ。」
「柳先輩、言い直せてないっスよ。遊びってハッキリ言っちゃってますけど。」

「そうだよ、遊びだよ。トレーニングという名の遊び!雪で遊びたいんだからいいだろ?文句ある?」
「開き直るなよ…」


苦笑するジャッカル。

トレーニング、とか言いながら、実際はただ雪で遊びたかっただけなのだ。雪を見れば、はしゃぎたくなる気持ちは神の子も皇帝も同じなよう。二人の表情は、ワクワクと子供のように輝いていた。


「もしかして柳先輩も遊びたかったりするんスか?」
「これはトレーニングだぞ、そんなわけはない。」
「とか言いながらなぜ雪玉を作る。」


柳の手は、口とは全く違う行動を取っていた。


まさか立海の三強が、雪合戦で遊びたがるなんて…。


「…意外な一面じゃのぅ…」
「可愛らしくていいじゃないですか。」
「なんか先輩達、可愛いっスね。」
「普段の面影と威圧感はどこ行ったの?」
「ハハッ…そんなもの、ここに来る途中のドブに捨てたよ!なぁ真田、蓮二?」
「「あぁ。捨てたな。」」
「捨てるなよ!」



王者立海の頂点に君臨する、三強。三人揃った時の並みならぬ威圧感と、神々しいオーラ。
その場にいるだけで強さが溢れている三人は、大事なモノを捨てたと笑顔で言い出し、逆に丸井達が焦る。


「今日は強力な助っ人がいるんだ」
「助っ人?」
「いつまで引っ付いているんだ美麗。早く離れんか!」
「「美麗?」」

聞いたことのある名前。
一同はまさか、と目を見開きながら、真田を凝視する。

『……なんでこんなクソ寒い中雪合戦なんてしなきゃならないのよ!私まで巻き込むんじゃねぇ!』


真田の後ろから、聞こえる怒鳴り声。綺麗な声は、寒さのせいか少し震えていたが、聞き覚えのある声だった。赤也の表情がパッと輝く。


「美麗先輩来てるんスか!?」
「来てるよ。ほら。」


幸村に引っ張られ、真田から離れた美麗は不機嫌そうなしかめっ面。

なぜ東京都民がここ、神奈川にいるのか疑問が浮かぶ中、赤也はそれはそれは嬉しそうに美麗に飛び付いた。


「美麗先輩ー!」

いつもならひっつくなと怒鳴るところだが、今日は寒い。ひっつくの大歓迎。大人しくされるがままにする美麗は赤也をひっつけたまま、幸村を睨んだ。

「遊べばすぐに暖かくなるよ。」

彼女の睨みに臆することなく、笑顔を絶やさない幸村。どれだけ雪合戦をやりたいのか…呆れ返る美麗だったが、やがてため息を一つつき、『仕方ないか。』と渋々参加を了承した。
ワクワクした顔の幸村、真田、柳を見れば、反対するのが申し訳なく思えてしまう。


『…まぁ、雪合戦なんて久しぶりだし……いっか。』
「先輩がやるんなら俺もやります!」
「お前らに拒否はねーよ。」
「「……」」



有無を言わせない笑顔に、ひきつる丸井達。強制参加である。


「ではまず、チーム決めだな。ここはグッパーで平等に決めよう。」


柳の提案の結果。

グーチーム。
真田、仁王、ジャッカル、柳、丸井。

パーチーム。
幸村、美麗、赤也、柳生。


グーチームが一人多いが、幸村と美麗は余裕の表情で『ハンデよ、ハンデ。』「そうそう。俺達は四人で充分だからね。」とせせら笑う。かなり自信がある様子だ。


普通の雪合戦だが、特別ルールが一つだけある。
それは、手袋はなし、ということ。どんな風に雪玉を投げてもいいが、手袋だけはせずに雪を持て、というのが条件だ。

どんな時でも真剣に。
勝負内容がテニスでなくても、真剣に取り組む。容赦はしない。それが、王者の雪合戦だ。



「制限時間はなし。どちらかのチームが全滅するまで。雪玉が当たった人は脱落。セーフポイントはなしだ。」
『どこを狙ってもいいのね?』
「そういうこと。」


雪の壁を作り、雪玉をある程度作り、作戦を決めてから。真剣勝負の雪合戦が開始した。


開始早々、幸村チームは猛攻撃。雪玉を投げているのは赤也だけで、後の三人はせっせと雪玉をつくっている。相手に攻撃をさせる隙を与えない、というのが幸村チームの作戦だ。


「…美麗さん?」
『なぁに?』
「…今、何を入れたんですか?」


柳生が信じられない、と言わんばかりに目を丸くさせ、美麗の手元を指さした。


『石。』
「石!?そんなもの入れてはいけませんよ!危ないでしょう!」



平然と言ってのける美麗に慌てる柳生だったが、幸村は「それいいね。」と便乗。


「幸村くんまで…」
『比呂士。情けは無用よ。これは真剣勝負なの!死ぬか生きるかの瀬戸際に立つデスマッチなの!中途半端な気持ちでいたら死ぬわよ!?』
「そうっスよ柳生先輩!あっちには副部長に柳先輩までいるんスから!油断したらこっちが殺られます!」
「柳生、心を鬼にするんだ。優しさは投げ捨てろ。」
「…………わかりました」



遠い目をする柳生は、もう何も考えないようにして、言われるがまま、いつもの紳士さと溢れんばかりの優しさを相手チームに投げ捨てたのだった。



一方真田チームは。
幸村チーム、主に赤也からの一方的な攻撃により、手も足も出ない。なんとか隙を見てやり返したいのだが…隙がない。赤也だけだと言うのに、全く隙がなくて困り果てていた。


「真田ー、壁が崩壊しそう。」
「…どうする?」
「……仕方あるまい。死を覚悟してかかれ!皆雪玉は持ったか?」
「おう!」
「……では、参る!」


その一声で、柳、丸井、ジャッカル、仁王、そして真田は自ら姿を見せ、決死の覚悟で攻撃をし始めた。


「うわ!幸村部長!美麗先輩!向こう全員が出てきたっス!」


攻撃の手を緩めないまま、赤也が焦りの声を上げた。

『……精市。』
「うん、そうだね。俺達もそろそろ参戦しようか。柳生、いける?」
『手加減なしだからね。』
「ええ。大丈夫ですよ。優しさは先程投げ捨てましたので。」
「いい心掛けだ。」


三人は石入り雪玉や、水で固めたカッチカチの雪玉を両手に抱え、立ち上がった。



「幸村と美麗がついに出てきた!」

「あの二人は後回しにした方がいい。まずは赤也と柳生を潰すんだ。」
「柳生は俺に任せんしゃい。アイツは紳士じゃからな…楽勝じゃき。」


完全に柳生を侮っている仁王は雪玉を柳生目掛けて力いっぱい投げつけた。例え避けたとしても、優しい柳生には非道な真似はできないだろう。そう確信していた仁王の顔面に、石入り雪玉がモロに当たった。


「うごぁ…!!」


あまりの痛さに悶え転げる仁王を唖然とした表情で見つめ、それから雪玉が飛んで来た方をゆっくり見やる丸井とジャッカル。彼らの目に映ったのは、澄ました顔で立つ柳生の姿。


「……仁王くん、油断は禁物ですよ。」


そう言って、眼鏡を押し上げた。


「…に、仁王?大丈夫かよぃ?」
「……っこ、この雪玉、固すぎじゃなか?超痛い…!」
「んー?………うわー!石が入ってんじゃん!こんなんアリ!?」
「決まりはないからな…アリだ。」
「そりゃ痛いわけだ。」
「柳生容赦ねーな……おーい柳生ー!優しさはどこ行ったんだよ!?」


敵チーム、柳生に声を上げる丸井に、柳生は平然と言ってのけた。


「優しさ…?そんなもの、雪玉と共に投げ捨てましたよ。」
「優しさは大事だろぃ!何てもん捨ててんだ!」



三強は威厳を捨てるし、柳生は優しさを捨てる。雪合戦とは、こんなにも人を変えてしまうのか…


『雪合戦甘く見てんじゃないわよ!!』


突然、美麗が怒鳴る。
それと同時に水で固められたカッチカチの雪玉が、ジャッカルの額にヒット。奇声を発し、倒れるジャッカル。丸井が慌ててジャッカルに駆け寄るが、ジャッカルは完全に伸びていた。


ひきつった顔で美麗を見る丸井。



『ブン太!あ、ごめん間違えたわ。ブタ!』
「ブン太で合ってるから!なんでブタに言い直した!?お前いい加減にしないと泣くぞ!?」
『雪合戦の“せん”は戦の“せん”!
それがどう言う意味かわかってる!?』


華麗に無視され、ヘコむ丸井だったが言ってる意味がわからず、首を捻る。


『つまり雪合戦とは戦争よ!合戦っていうくらいなんだから!これは戦よ!生半可な気持ちでやってると痛い目みるからな!』
「そんな大袈裟な……」


たかが雪合戦だろぃ。
呆れたように呟く丸井だったが、柳と真田に「たかがとはなんだ!」と怒鳴られ、竦み上がる。


「美麗の言う通りだぞ、丸井。雪合戦とは、即ち戦だ。ただ武器が刀や槍、銃とは違い雪玉という、少し優しいものになっただけで戦争という事実はかわらない。」
「………」
「遊び半分でかかると死ぬぞ。」
「………」


呆然とする丸井に、今度は敵チームから声がかかる。


「最初に言っただろ?手加減はなしだって。」
『死にたくなければ本気でやらないと、そこの二人みたいになるわよ?』
「……」


ただただ呆れるしかない丸井は放置して、美麗達は互いに睨み合う。


「幸村!美麗!容赦はせんぞ!」
「のぞむところだよ、真田。」
『そのセリフそっくりそのまま返すわ』


『「「「うおぉぉー!!」」」』



雪合戦というものは、それは楽しい遊びではなく、恐ろしい戦争だと言い張る幸村達に、丸井は危うく洗脳しかけた。が、すぐに気を持ち直す。


「……皆どこにいっちまったんだろ。」


童心に帰るだけならまだ可愛らしいものだが、彼らは童心を通り越している。というか、熱くなりすぎておかしくなっている。トレーニングだとか、遊びだとか言っていたはずなのに。いつの間にこんなに熱い戦いになってしまったのか…

すっかり別次元へ行ってしまったチームメイト+美麗を遠い目で見つめながら、早く帰ってこいと祈るしかできない丸井だった。


数時間後。
激しい攻防の末、ついに決着がついた。ゼー、ハーと肩で息をし、最後まで立っていたのは。




「……ふぅ……終わったね。」
『…そうね。激しい戦いだったわ…』


幸村と美麗だった。

地面に倒れる真田と柳、ジャッカル、仁王、赤也に柳生。彼らの屍を見つめながら、長い長い戦いを振り返る。


たくさん動いたおかげで、寒さはどこかへ行った様子。むしろ今はかなり暑い。半袖でも平気なくらいだ。

幸村と美麗は顔を見合わせ、やがて微笑み合うと拳と拳を合わせ、勝利を喜んだ。



番外編
終わり


(あー楽しかった。)
(久しぶりに雪合戦したよね。)
(ねー。)
(……)
(あれ?丸井、どうかした?)
(気分でも悪いの?)
(……雪合戦って、こんな怖い遊びだったっけ)
_12/14
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