ジュニア選抜合宿が始まってから二日が経過した、ある日の夜。お風呂から上がった美麗は気分よく鼻歌を歌いながら部屋に戻ろうと廊下の曲がり角を曲がった時、ドンッと誰かにぶつかってしまい、よろける。
すぐさま「す、すみません!」とぶつかってきた人物が謝ってきた。
『確かあなた…かじ……かじ……かじ何とか。』
「…梶本です。すみません怪我してませんか?」
『梶本くんね。大丈夫こちらこそごめんなさい』
じゃあね、とその場を去ろうとする美麗を、梶本は慌てて引き止めた。何?と足を止め、振り向く彼女のさらりと靡く蜂蜜色の髪に、一瞬見惚れる。
「…あ、いえ…あの、大変だと思いますが頑張って下さい。」
『……ありがと。』
クス、と美麗は小さく笑いながら御礼を述べ、そして今度こそその場を去って行った。
「……やっぱり、綺麗な人だ…」
1人残された梶本は美麗が見せた笑みと、振り向いた時の髪の美しさを思い出し、しばらくポーっとしていたが、ハッと我に返り、お風呂場へ急ごうと足を進める。その時、カン、となにかを蹴飛ばしてしまった。なんだ?と、床に目をやると、何かが落ちている事に気付いた。
「?」
拾いあげてみると、それはカギ。キノコのキーホルダーがついた、カギだった。誰のだろう、としばらく考えて、もしかして美麗のではないか、と思い立つ。
「……明日渡すか…」
振り返っても当然美麗はおらず。部屋に届けに行こうかとも思ったが、彼女の部屋を知らない。
梶本は大事なものだろうし、明日早く渡そうと思い、カギをポケットにしまうと、足早にその場を後にした。
翌日。
梶本は美麗を探していたが、姿が見当たらない。
「梶本くん?どうかしたのかい?」
「…雪比奈さんを探しているのですが…」
「美麗ちゃん?確か華村班に用事があるって言ってたけど。」
「そうですか。」
「後でこっちにも来るらしいよ。」
大石にそう教えてもらい、来た時でいいか、と思い、練習に戻る。
しばらくすると、ドリンクが入った箱を抱えた美麗が竜崎班にやってきた。
「雪比奈さん!」
梶本は直ぐさま美麗に駆け寄った。
『どうかした?』
梶本はポケットから、昨日拾ったカギを取り出した。
「これ……雪比奈さんのかな、と思って」
『これ、どこにあったの!?』
「昨日、廊下に落ちていて。恐らくぶつかった時だと思います…やっぱり雪比奈さんのだったんですね。」
『そう、私の!よかったー…いくら探しても見当たらなくて…困ってたのよ。ありがとう。』
美麗は梶本からカギを受け取り、ホッとしたように笑う。つられて梶本も笑った。
『…あら?ケガしてるの?』
「え?…あぁ…大丈夫です。擦りむいただけですから。」
『ダメよ、ちゃんと手当てしないと…座って。』
「え…いやホントに大丈夫……」
『座りなさい。』
「……はい。」
有無を言わさぬ口調で言われ、もう従うしかない。
大人しく近くのベンチに座る。
『ちょっとしみるけど我慢してね。』
丁寧に消毒をし、絆創膏を貼る。
『はい終わり!』
「あ、ありがとうございます…」
『いいえ
』
「…あの、この絆創膏は…?」
『可愛いでしょー?
松茸柄!アナタには特別にあげる。』
「…は、はぁ。」
梶本の膝に貼られた絆創膏。
それは派手な黄色で、しかも柄がキノコの松茸という、少し変わったものだった。
変わった人だ。と苦笑を漏らす。でもそんな所も素敵だなと思う梶本は、かなり美麗に惚れているみたいだ。
『熱中症にならないように気をつけてね。』
「はい。雪比奈さんも気をつけて。」
『ありがと。じゃあ。頑張ってね。』
「美麗先輩ー!もう行っちゃうんスかー!?」
『まだやる事あるからー!頑張りなさいよ赤也!』
「はーい!」
遠くで赤也が声を張り上げる。
美麗は笑いながら手を振り梶本にもまたね、と笑うと、急ぎ足で去っていった。
「……雪比奈さんと、たくさん話してしまった…」
顔を赤らめ、どこか嬉しそうに、笑った。
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