スモーカーが初めてnameに会ったとき、彼女は飢えた狼のようだった。ボロを纏い、痩せぎすで、傷だらけで、それでも眼光をギラギラと放ち、牙を見せるように武器を片時も離さなかった。彼女は自分と、自分の武器以外の何物も信頼していなかった。荒くれ者ばかりのG-5の中でも、彼女は異様な存在だった。

「支給された制服はどうした」
「必要ない。これだけで生きていける」

初めてnameに声を掛けた時、血みどろの服を着た彼女はスモーカーの方を見ずにそう答えた。スモーカーにも覚えがあった為にキツく言うつもりはさらさらなかったが、流石に女が破れだらけの服を着ていては士気に関わるため、彼女に自分のジャケットを投げ渡した。

「支給されるまで着てろ」

彼女は初めてスモーカーを睨んだが、彼が睨み返すと鼻を鳴らして甘んじた。



nameが日焼けした腕で刃を振るった時、スモーカーは注視した。彼女はとても強かったが、自分を顧みなかった。足に、腕に、顔に、腹に、どこに傷を受けても怯むことなく敵に立ち向かっていった。全身傷だらけだった。それは勇敢というより無謀だった。今まで大事に至ったことがないのが不思議な程だった。

「お前、死ぬつもりなのか?」

彼は彼女をキツく叱った。彼女は殆ど変わらない表情の中に不思議そうな色を浮かべてスモーカーへ言った。

「人は死ぬ。私もお前も」



「孤児だったんです」

スモーカーは新しい部下にnameの生い立ちを教わった。保護された時には粗野な行動が目立ったようだ。

「アイツは、親が両方とも海賊に殺されたそうです」

彼女は何にも救われない。自分を救うために海軍に来たのならば、なんて悲しい選択だろうとスモーカーは感じた。海賊を殺すことでしか彼女が満たされることはないのだろう、と血にまみれた彼女の横顔を思い出して思う。しかし選んだそれは救いではなく、一層の渇きをもたらす修羅の道なのだ。



nameが談話室の隅で眠っている時、スモーカーは毛布を掛けてやろうとした。彼女は一瞬で覚醒すると、スモーカーの葉巻を切り落とした。彼女は床に落ちた葉巻と毛布を手にした彼とを見比べて、動揺したような顔をした。何も言わずに彼が毛布を差し出すと、おずおずと手だけを伸ばして彼女はそれを受け取った。彼は毛布を被った彼女が再び寝息を立てるのを待ち、それから新しい葉巻へ火をつけて、焼け焦げた床を撫で、談話室を出た。



nameの食事に、スモーカーはついていった。彼女は海軍の食堂へ行っても食事を楽しむようなことはなく、ただ目の前の食べ物を無言で咀嚼するだけだった。フォークもナイフも箸もスプーンも、全くでたらめな使い方をされていた。スモーカーは彼女に食器の持ち方を根気強く教えた。彼女は反抗しなかった。そうこうしているうちに最低限の使い方ができるようになった彼女に、スモーカーはアイスクリームを買い与えてやった。彼女は一口頬張って、こめかみをおさえて苦しんでいた。



街を歩いている時、nameがたしぎと話をしていた。珍しいこともあるもんだ、とスモーカーはそれを見ていた。たしぎは困惑する彼女の腕を引くと、流行らしい華やかな店へと入って行った。少し興味を引きはしたが、そこで待っている理由もなかったので、スモーカーは立ち去った。次の日に揃いのアクセサリーを着けている彼女らを見て、溜息は出ても、怒声は出てこなかった。



うたた寝をしていたスモーカーが、顔の傷を撫でる気配を感じて目を覚ました時、彼は机の上に彼のジャケットが几帳面に畳まれているのを発見した。スモーカーの眠りはそう深くないので、来客に気づかなかった自分と自分を殆ど起こさなかった相手にも驚いた。執務室を出ると、nameが甲板で彼女の同僚と組手をしていた。支給された制服をきちんと着ていた。スモーカーは驚いて、危うく咥えた葉巻を落とすところだった。



しばらく経って、nameは海軍を辞めるとスモーカーに言った。スモーカーは辞表を手にして顔を上げた。

「人は死ぬ」

整った顔立ちが感情を乗せずに話す。

「どうせ死ぬのだ、私が殺す必要はないと思った」
「これからどうすんだ?」
「どうしよう、中将はどうお考えか」
「俺か?」
「私は、どうすべきだろうか?」

彼女は傷の綺麗に消えた頬を歪めた。あまりに不器用なそれは微笑みなのかもしれない、とスモーカーは思った。彼はしばらく考えて、辞表に受理の判子を押しながら言った。

「もう海軍を辞めたんだから、俺を中将と呼ぶのはよせ、name」

彼女もしばらく考えて、真っ直ぐにスモーカーを眺めて言った。

「私は、この間たしぎに買ってもらった服を着て、アイスクリームを食べに行きたい、スモーカー」



スモーカーは海軍をやめた彼女と公園へ行き、三段アイスを買ってやった。彼女は三段を少しずつ食べ、こめかみを押さえて苦しんでいた。スモーカーは笑った。つられて、彼女もまた、ぎこちなく笑った。スモーカーはそれを見て、彼女がきちんと笑えるようになるのを見守るのも悪くない、と強く思った。





 

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