side『M』

彼女との初対面の機会は意外と直ぐにやってきた。
あれから毎日修行中に彼女を視ていたからどうして向こうの当主が僕と顔合わせさせようとしたのかは知っている。
彼女がポケモンと話しているのを使用人が目撃したからだ。
換気の為にと開けられた蔵の出入口から入り込んだニドランのオスと彼女が話しているのを目の当たりにした使用人は直ぐに走り去り、それに気付いた彼女はニドランに逃げるように言っていたけどニドランは首を振って格子の隙間から牢の中に自ら入っていた。

「時間の問題だと思ってたが…面倒事に巻き込まれる前にさっさと行った方がいい。あ、街の南側のこと教えてくれてありがとうね」
「にっ!にに!!」
「責任とかないから。気にしなくていいから、入ってこないの。ヨーギラス押し出すよ」
「ぎら」
「あん?おいコラ毒を滲ませるな」


ヨーギラスとは反対隣を陣取ったニドランは胸を張って格子越しにやって来ている当主と先程の使用人を見据えている。
その姿はまるで自分は彼女側に付くと言っているようで。

彼女はあの一族の遠い分家でもなんでもなかった。
ルギアといたから半ば無理矢理連れてこられて、衰退している一族の成り上がり計画に協力しないからと蔵の牢に入れられていた。
多分、御祖父様との顔合わせに素直に従ったのはヨーギラス以外のポケモンを人質に取られたからじゃないかと僕は思っている。
だけどもそれが当主や家の者のポケモンで演技だったとバレてしまったが為に再び蔵に閉じ込めたんだろう。
ヨーギラスを人質にしなかったのは彼女からヨーギラスを引き離そうとしたお弟子さんらが纏めて大怪我させられていたからだと思う。その時の彼女は哀れなものを見る目でお弟子さんらを見ているだけで一切指示を出してはいなかった。
彼女に害が及べば及ぶ程ポケモン達は彼女側に付く。
それを彼女がポケモンと話しているという使用人からの報告と合わせて当主は彼女の言葉にポケモンを自由に従わせる力・・・・・・・・があると思ったらしい。
檻に入れられたラッタとコラッタの親子を見せびらかして協力してくれるね?と言っていた。
ボールではなく態々檻に入れられていたラッタの親子はボロボロで、目には涙も浮かんでいたその姿は人質にする為だけに巣を荒らして捕まえてきたと思われる。
あの一族の管理物である焼けた塔にはラッタもコラッタも有り余る程に住み着いているのだから。

それが数日前に視た光景だった。
大人は、代々受け継ぐものがある家は、大きな一族には多少なりとも後ろめたかったり暗いことがあったりするとは修行中に色々視てきたから知ってはいたものの、僕にはあの当主も今では恐ろしい人に認定している。
確かに僕を見る目は冷たいものだったけど、それでもオミナさんの御祖父様で見習うべき素晴らしい才能も聞いていたからそこまで苦手意識というのはなかったのに。彼女を相手とする当主はただひたすらに恐ろしい人でしかない。


「マツバ、カフカさんに屋敷を案内してやりなさい」
「はい、御祖父様。…カフカさん」

驚く程似合わない、正直に言って本人の好みや要望を全く無視して無理矢理着させたんだろうなと思える程似合わない桃色の地に赤い梅の小花を散らせた四つ身はオミナさんのお下がりだろうか。
着慣れていないようで動きはぎこちないけれども綺麗な動作で立ち上がった彼女は背後を、少しでも危害が加えられようものなら容赦なく技を繰り出さんと言わんばかりな鋭い目付きで控えていた2匹を一瞥し、先に外廊下に出ていた僕を見た。
キャタピーよりも明るい緑の髪を日の下で視たのは、いや、彼女を目にしたのはこれが初めてだ。
きっと連れてこられる前はその目にヒトに対する嫌悪感や憐れみを湛えることなんて一切なく、めいっぱいの日差しを浴びながらポケモンと遊んだりもしていたのだろう。
ついてきた2匹が彼女の袖を引っ張り何かを言う度に彼女は優しい目をして頷いている。
話し掛けてもいいのだろうか?というか話し掛けて返事が返って来るのだろうか。そうやって悩んでいる時だった。
不意に壁をすり抜けて現れた僕のじゃないゴースがなんの躊躇いもなく彼女に話し掛け、彼女もまた「あ、そう?」ととても軽く返した。

「ありがとう、じゃあまた引き続きよろしく」
「ごすごぉーす」
「あの…」
「何?」

冷たい。声色がこおりタイプも驚く程に物凄く冷たい。さっきのゴースに対してとの温度差にコイキングだって死んじゃうんじゃないかって程に冷たい。…泣きそうだ。
ヨーギラスは我関せずだしニドランは鼻をぴすぴす鳴らしてるだけだし僕のフォローはしてくれそうにない。
ならば自分のゴースを出せばいいじゃないかとこの場を他の誰かが見ていたら思うだろうけど、残念ながら屋敷の中ではいつもボールから出してて今日も例外なく、って感じなのだ。
用事がないなら話し掛けるなと言わんばかりに僕から視線を逸らした彼女は庭よりもっと遠くの、本当に微かにポッポの鳴き声が聞こえる方向を向いている。

「あの…何か聞こえるの?」
「…あっちの方でポッポ達が集会してる。41番水道が荒れてるんだってさ」

その内容が嘘か本当かは今の僕じゃ視ることができないからわからないけどポッポがいることは確かだ。
耳がいいんだね、他には何か聞こえるの?そう聞いてみれば彼女は僕を一瞥したあと脳に入る情報を一部遮断する為に目を閉じた。

「…散歩の時間がいつもより遅いって飼い主に怒ってる。埋めて隠した木の実の場所がわからなくて探してる。……まだ黙っててくれと口止めしてきた」
「?口止めうわぁ!!」

散歩中のポケモン、ドジな野生のポケモン、最後はゴースがするようなイタズラな笑みを浮かべて僕を見て言ったかと思いきや、項を生温く湿った何かが撫でていき悲鳴を上げてしまった。
振り向けば僕のゴースが舌を出したまま器用に笑っている。
彼女はポケモンに対しては優しい顔をする。
ゴーストであればハイタッチでもしてたんだろう、ニッと笑った彼女はこいつがお前の仲間かと僕を顎で指す。


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