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side『M』 僕の許嫁はある日突然現れた。 いや、当たり前だけどゴース達のように何も無いところからフッと現れた訳じゃなくて、今は焼けた塔と呼ばれているかねの塔を管理する一族の宗家が遠い分家から 本当は大人達の複雑で汚い思惑があるのだろうけど、子供である僕はただ聞かされたことを真に受けた風に頷くしかない。 当主や一部のお弟子さんらがルギアと一緒にいる彼女を目撃していたらしいのだが、僕の一族は現当主である御祖父様を始め誰もそれを本当だと思っていない。 「あの娘は酷い目をしている。あれの前に神が降りることなど有り得ない。お前の目を使わずともわかることだ」 唯一彼女を見た事のある御祖父様はそう仰っていた。 顔はともかく名前も知らない相手を視ることなんて今の僕には到底できないことだけれど、そこまで言わせる目とはどんなものなのか気になっていたのは否定しない。 その目を見た御祖父様がそれでも僕の許嫁に彼女を選んだのかも余計に気になった理由でもある。 「ねぇゴース、オミナさんの家わかるかい?君を連れて1度行ったでしょ?あの家にね、僕ぐらいの女の子が1人増えたらしいんだけど行ってこっそり見てきてほしいんだ」 「ごーす?ごすごす!」 オミナさんとはあの家の僕より2つ上のお姉さんだ。 華道や茶道、それに薙刀も優秀な成績を収めているすごいけど御祖父様のお眼鏡には適わなかった人。 大人達の前では僕になんの興味もないような素振りでいるけれど見えないところでお茶菓子をくれるような優しい人だ。 ゴースは1度首(ないけれど)を傾げたけれど思い出せたようで2度3度と頷いて壁をすり抜けて部屋から出ていった。 ポケモンの目を使えばエンジュ内ぐらいであれば自由に視れるが、それができるようになったのはつい最近のことだ。 制御出来ずに問答無用で視せられるより集中力も体力も使うし、親しいポケモンの視界限定だけど断然こっちのが精神衛生面的に楽でいい。 目を閉じて集中すればふよふよとわざわざ民家を避けて移動するゴースの視界が視えてくる。確実に着実に迷うことなく進み、到着した大きな屋敷の中をゴースは泳ぐように敷地内を回る。 エンジュは風土的な関係かゴーストタイプが多く、時々お手伝いさんに見つかりもしたけど野生のゴースが通っただけと思われて追い出されることはなかった。 それなのに母屋も離れも見て回ったというのに彼女の姿はどこにもない。 当主もオミナさんも御両親も見掛けたというのに肝心の引き取られたという彼女の姿どころか痕跡すら見つけることができなかった。 「ごー?」 ゴースもおかしいと首を傾げたのか視界が斜めになる。 こっそりと言ってあったもののポケモンとヒトとでは感覚が違うのだろう、ご!と鳴いて屋根裏に入り込んだゴースはそこでひっそりと夜になるのを待っている野生のゴースを見付け、居場所を聞いたらしくごすごすと言い合ったあと迷いなく庭に出て蔵の格子窓から中を見た。 高い位置にある格子窓から蔵の中を覗けばそこには明るい緑の髪の女の子と蓬色のポケモンがゴースを見上げていて、実質目が合った。 「や、君は初めて見る顔だね。何だ、君も面白い話を聞かせてくれるのかな?」 「ごーす?」 「そう、私がカフカだよ。こっちが相棒のヨーギラス」 「ぎらっ」 酷い目とは遠い落ち着いた双眸がゴースを呼ぶ。 直接会っているゴースも悪い気配は感じないようで素直にそれに従っている。 この屋敷へ行ったのはまだゴースを持っていなかった時も合わせて精々3、4回程度だけど勿論勝手に人様の屋敷を探索するわけにもいかないからこの蔵の中を見たのも初めてだ。 外見は大きな蔵だけど木製の格子で半分程に区切られていて、彼女は扉のない側、つまりは閉じ込められているように見える。…どういうこと? 私のことはどれくらい聞いている?ごごーす。うん、合ってる。今だってそうでしょ?会話が成立してる。他の人でこんなことあった?ごすごーす。…だろうね。他にもいたのなら私もこんなところに閉じ込められてないさ。 それなりの付き合いのあるポケモンであれば言語は違えども意思の疎通ができるようになるとは知ってる。僕とゴースだってそれなりにできるけどやっぱり相手の言いたいことを確かめながらになるけど彼女はもう何年も一緒にいるかのように、いや、人間同士で会話しているような自然さで話していた。 「へー、その子はなんでまた私を見てくるようになんて言ったんだろうね?」 「ごごごーす」 「ふうん、千里眼。自分の手が届かない所なんて視てどうすんだって感じだけど。ヒトって何考えてるかわからないな」 僕のゴース案外口軽い?いや、人間とのスムーズな会話が新鮮で喋ってしまったのか。 ゴースから視線を外して格子の向こう側、ぴったり閉じている蔵の扉を見る彼女の目にはさっきまでとは打って変わって侮蔑と憐れみがありありと浮き出ている。 ぎら?とヨーギラスと呼ばれた蓬色のポケモンが彼女を見上げたけど彼女はまだいいとヨーギラスの額を撫でて制した。 多分、これが御祖父様が見たという酷い目なのだろう。 …ちょっと待って、さっき千里眼って言ってた? 思わぬ動揺で切れてしまった集中力のせいで戻ってしまった本来の視界に仕方がなく瞼を上げる。 彼女は、あの子はポケモンの言葉を理解している。 ゴースが言ったんだ。でなければ千里眼なんて言葉普通は出て来ない。 あの様子だとゴースはまだ僕の名前を出していないようだったし、千里眼と聞いて僕と繋げなかったということは一族から僕の話を聞いていないのだろう。 彼女がルギアと一緒にいたのはきっと本当のことなんだと思う。ポケモンの言葉が理解できるから。 彼女は多分、僕よりもホウオウにも近い位置にいる。 僕の目は最終的には千里を見通せるようになるのだろうけど彼女の言う通り結局ホウオウの姿を視たところでエンジュに呼ぶ手段とはならないのだ。 神様はいつか努力を認めてくれる、神様は僕達一族が代々その姿を願って再びエンジュに降り立ってくれる事を信じてる。でもそれは僕達ヒトが勝手にそうしていれば報われると信じて行ってきただけに過ぎないんだと彼女の 聞こえるから会話が成立する。野生に、渡り鳥に、各地を巡るポケモントレーナーの手持ちに、話して聞いて、神様の耳にかの地で呼んでいると入ればそれだけで彼女の存在が神様に認知されるのだ。 彼女の耳が酷く羨ましい。どうして僕は目だったんだろう。 それと同時に恐ろしさに体が震えた。 もしも彼女がルギアだけでなくホウオウまで呼んでしまったら。認める認めない関係なく多数いる人間の中から1人を選ぶとしたらホウオウは迷わず唯一己の代弁者になれる彼女を選ぶに決まってる。 彼女が怖い。僕の使命を、頑張りを簡単に奪えてしまう彼女が。 僕の目には畳と水滴しか映らない。ホウオウの姿はみえない。 *前 |戻| 次# |