天国だか地獄だかっつーのには案内役の清楚な天使も蠱惑的な悪魔もいないらしい。
ただ目の前に広がるのは隙間なく並べて建てられている建物に真っ平らに舗装された黒い道、それに異様に目立つ天辺が見えない箱や家を積み重ねたようなおかしな塔だけ。
人はいるが路地にいる俺に誰も気付いてはいない。
変な所だ。人の髪色が多少の濃淡はあれども銀か白だけで目の色に至っては琥珀色のやつしかいない。
整った綺麗な街だと思う。悪いことや怖いことなんてなにもありはしません、なんて澄ました顔をしているような街。
この路地もそれなりに小綺麗にされていて悪いやつらが居座るだなんてこともなさそうだ。
何故こんな所にいるのか、この路地で立ち尽くすことになった原因は思い出せそうにない。
ただ漠然とここは天国だか地獄だか、もしくは辺獄なんだろうなと感じだぐらいか。
ここを知る為にも、これから何をするにしても通りに出なくてはならないのにその1歩が踏み出せない。
できないことが多過ぎて苛立つもののいつもならば少なからず疼く左目が大人しいからなんとか冷静は保っていられる。

カラン、と背後からドアベルが鳴る音がして振り向いてみたものの何も変わっているようには見えないが、どうやら丁度死角になっている半地下のドアが開けられたらしい。
ゴツゴツとブーツが石の階段を気だるく上る音と次第に白い頭が下から生えてくる。
跳ねた寝癖かと思った髪は獣の耳で晒された腕や腹回りは縫合と言うにはお粗末な、まるで鎹を打ち込んで繋いだような色違いの皮膚がパッチワークみたいに継ぎ接いでいる。
耳は獣なクセに尻尾はついちゃいないが、代わりに尻ポケットに財布が入っている。片手には火のついたシガレットともう片手にはライターとシガレットケースが収まっている。
ジジィのものともダンテのものとも違う、シガーとシガレットの違いかもう少し軽い臭いが風に乗って薄まった煙と共にやって来た。
階段を上りきって手摺りを軸にくるりと回転して俺がいる方向に歩いてくる男の目も例に漏れず琥珀色だ。
ちらりと縦長の瞳孔が俺を見たかと思いきや欠伸をして、踵を引き摺り気味に男は路地から出て行こうとする。
なぁ、と咄嗟に話しかけちまったけど後悔したって遅い。
男が振り返り俺を見下ろして来るけど、正直言って継ぎ接ぎの痕が走っている顔面は悪くは無いが話し掛ける相手を間違えたと思わせるには充分なインパクトを持っている。

「なんだ」

ここが天国であれ地獄であれ辺獄であれ、安直に人に話し掛けるなんざ俺らしくない。だがそれでもこの男と出会ったチャンスを逃してはいけないと第六感が騒ぐのだ。
値踏みをすることもなく男はただじっと俺の目を見ている。
片目は眼帯の下だというのに透かして両方の目を見られているような、腹を探られているような視線に居心地が悪くなるが逃げられやしねぇ。

「唯の人か。珍しい。」

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