混乱と不安




ふわふわ。



寝てるんだけど少し意識のあるような、微妙なところを行き交っているときに、胸のあたりが少し苦しくなった。




うぅ〜ん……

唸ると少し目が覚めて、そういえば廉と寝たんだっけ、と一利は思い出した。






そっと廉の様子を見ると、いつもみたいなマヌケな寝顔なんかじゃなかった。

苦しそうな辛そうな、そんな表情。

ボロボロ溢れてくる涙と、微かに動く唇からこぼれた言葉。



ごめん…なさい…








「廉!起きて、廉!」

「ん〜…うっせえな…」

「なにごとぉ?…」

「だって、廉が…!」


嫌そうにしかめっ面な2人は、廉の様子を見て、ギョッと目を開かせた。



「れ、ん……おい、起きろ!」

「ちょっと、無理やり起こすの!?」

「だってお前…」



いくらなんでも、泣きすぎだろ。







いくら廉が泣き虫とは言え、怖い夢を見ているからといって、普通は一粒二粒涙が零れるだけだ。


異常だ。



とめどなく溢れる涙と、それに混じって紡がれるごめんなさいの言葉。

どうしてなんだ?


廉、お前なんの夢見てるんだ?




「廉!」

「…っ!!…ふ、ぇ…はぁ、はっ…」



勇人の声でようやく起きた廉は、涙を流していて、呼吸も荒かった。

過呼吸のような状態になって、隆也はすぐに、近くに偶然あった袋を廉の口にあてる。



「落ち着け……ゆっくり息しろ…」

「はっ、はぁっ、はあ…」


ようやく落ち着いて、廉はくたりと一利にもたれかかる。
顔は青白く手も冷たいのに、汗が溢れ出していた。



「廉……大丈夫…?」

「……か、ず……に い…」




ごめんなさい。






それだけつぶやくと、廉は気絶したように眠ってしまった。


















次の日。練習試合当日。

各々が、色んな心配や不安を抱えたままその日を迎えた。



「……本当に、大丈夫なんだよね?廉…」

「うんっ!お れ、へいき、だよ!」

「そっか……無理しないでね…」



勇人に心配されたまま、廉は昨夜のことなど忘れているかのような笑顔で駆け出していった。

隆也も少し心配そうに、少しだけ怒りも含めた顔で廉をジッと見つめた。




「睨むなよ、隆兄。」

「だってあいつ、隠してたんだぜ?」

「だからって睨むな。」

「………。」

「確かに俺だって心配だよ。だけど今はとりあえず廉と悠の応援しよう?」

「………あぁ。」




心配そうな高校生三人と、それを訝しげに見る孝介を除いた大人三人(辰太郎は仕事)は、違うところでまた、心中穏やかな状態ではなかった。

文貴は珍しく少しイライラした様子で音楽を聞いているし、尚治はジッと自分を落ち着かせるようにただグラウンドの方を見つめている。

梓はそんな2人を見てハラハラとしていて、誰もが近づけないような状況だった。



遠くの方で声がした。



おーい!相手来たぞ!全員整列!
はい!!



その瞬間、文貴はあからさまにビクッと身体が反応した。





「文貴……」

「………だいじょーぶ、あず兄。」



俺もう、そんな弱くないよ。








バスから1番最初に出てくる人を、ジッと見つめる。




ああ、少しの期待さえも裏切られた。

実は休みなんじゃないかとか、もういないんじゃないかとか。

そんな淡い期待を抱いたのが間違いだったんだ。










「桐青小野球クラブ、監督の中田です。本日はよろしくお願いします。」

「こちらこそ。ユースを多く輩出してる桐青と試合が出来るなんて、光栄です。」



監督どうしの握手を、固唾を飲み込みながら見つめる三人。

ちわーっ
と西浦が挨拶して、頭をあげると、廉は相手の監督を見て、ビクッとした。


それを見つけたのは、孝介だけだった。



「廉………?」

「どーした?孝介…」

「いや……気のせい、か?」



嫌な予感がして胸がモヤモヤとしたけど、孝介は気付かないフリをして練習風景を見つめた。





















結果、練習試合自体は全くの普通だった。

悠一郎の活躍には目を見張るものがあったし、6年生の投手が不調だったため廉が出されたが、あの桐青相手によくそこまで抑えれたなと感心した。

ただ隆也はリードがどーのとか返球遅えとか捕手に文句ばかり言っていたけど、結果的には悪くはなかった。



「6-4!桐青!礼!」

『あーっした!!』



見学者の元野球部や現野球部は、頭の中で終了のサイレンを鳴らしつつ、拍手をおくった。









「悔しい!」


グラウンドの端っこ、監督しか座っていないベンチに集合すると1番に口を開いたのは悠一郎だった。

それに監督は少しびっくりした後に、そうだな。と悠一郎に賛同する。



「今回の試合、お前ら負けたけど良い試合したなとか思ってるやつばっかだろうが。……まだまだだぞ。こんなもんじゃない。中学に行けばお前らは期待の星なんだ。こんな試合で満足すんなよ。」

『はい!!』



廉は今にも泣きそうな顔でフグフグ言っていて、それに監督は苦笑いしてから頭を撫でた。
隣にいた悠一郎の頭にも、ポンと手を置く。



「今回頑張った、良い試合だったと思っていいのは俺はこの2人だけだな。なのに真っ先に悔しがったのはこいつらだ。お前らも志賀兄弟を見習え!」

『は、はい!』



監督に褒められたのは嬉しいけど、やっぱり負けたのは悔しい。
廉は、隣の悠一郎のユニフォームの裾を握りしめながら俯いて、悠一郎はそんな廉の肩に手をかけて涙を堪えた。


そんな2人の様子に周りは影響されて、少しずつ涙を流す者が増えていく。



「さあ!泣いてる場合じゃねえぞ!さっさと片付けしちまえ!」

『はい!』



悔しい。負けたくない。

そんな気持ちは自分を強くして、いつかそれらを乗り越えた先にある勝利を掴めるから。

だから、今は泣いていい。

次は絶対負けるな。



「…ったく、いいチームだな…」



ボソリと監督が呟いた言葉は、誰にも聞こえなかった。











グラ整をしている廉の下に、桐青のエースが近付いた。

廉はびっくりして固まってしまった。



「お前……いい球投げんな…」

「ふぇ?…え、そん なこ、と…ない…」

「そんなことある。お前すげえよ。」

「………え、えへへ…」



そんな直球に褒められたのは、廉は初めてだった。
あの速い球が、ストレートど真ん中に心を突っ切った感覚だ。



「おい、俺の弟に用か?」

「うわっ!ゆ、悠くん…」

「ああ?あ、そうだ。お前ら2人、監督に呼ばれてんぞ?うちの監督に」

「え?桐青の監督に?」



一体何の用事なんだろう。

悠一郎は首を傾げて、廉に後ろから抱きつくのをやめて、改めて肩に手を回した。


「行こうぜ!廉!」

「…………」

「廉?」

「……え、あ、う、うん…」

「いこー!」



廉は、今まで感じたことのない、強い寒気に襲われた。

嫌な予感。

こんなにも、絶対当たると思ったのは初めてかもしれない。

嫌な予感なんかじゃなくて、もはや確信に近かった。
けど、悠一郎自体はそれを感じてないようだし気のせいだと自分に言い聞かせた。



(……大丈夫…。だって、悠くんも一緒だ…)




大きい不安を、大きい安心で覆い隠して足をすすませた。



















「よーっし、俺たちは帰っかぁ」

「俺今日夕飯当番だから買い物してから行くわ」

「あー、手伝う?孝介」

「いいよ。ちなみに今日もカレーだから」

「お前カレーしか作れねえのかよ」

「楽だしいいじゃん」



ご飯炊いといてよろしくー。
と言いながら孝介は兄達を見送った。


なぜ手伝いを断ったかというと、孝介は2人の大事な弟の下に今すぐでも行きたかったからだった。

頑張ったな。お疲れ。

そう言ってやりたい。
俺が、家族の誰よりも早く、1番最初に。




「早く行こっ…」














「………なん、て?」

「…………」

「だから。俺は……お前の母親の弟。お前の叔父となるな。………廉」

「……!ま、待てよ!廉のってことは俺の母ちゃんでもあるだろ!?」

「お前頭悪ぃのか?俺は、『廉の、母親の、弟』だ。お前は違ぇよ…」

「なっ………!」




廉の、母親は、俺と違う?


悠一郎は混乱して、頭の中で何度も何度も繰り返した。
廉とは……兄弟じゃ、ない?
母親が違う?


悠一郎が呆然としている間に、
目の前の人は廉の耳元で、何かを呟いた。



「 」

「っ!!…」




それは、これから起こる全ての引き金となったのだった。





















「あー…気抜けた……だっるー」

「文貴お前…分かりやすすぎ。一利も勇人も気つかってただろ?」

「申し訳ないと思ってるよ……でも、俺まだ子どもだもん。」

「……ゆっくり休め。飯できたら呼んでやるよ」



ポン、と頭を撫でられて、久しぶりの感覚に安心で泣きそうになった文貴は、照れて部屋から出ようとする尚治を捕まえた。

うわっ!お前いきなり掴むのやめろ!
と怒る尚治の服の裾をより一層強く握って、顔を見せないように俯いた。



だって怖かったんだ。

あいつと目があったらどうしよう。廉や悠に何かしたらどうしよう。

って、ビクビク子どもみたいに恥ずかしいけどこっそり震えていたんだ。




「尚ちゃん……そばに、いてよ…」

「………お前な…もう大人だろ。」



甘えるなら、上手く甘えろ。



「…?…甘えるなって言わないの?」

「ははっ。そんな、甘えるななんて。大人だって人に甘えなきゃ生きてけねえよ」

「……尚ちゃん…」

「不器用にしか甘えれないのが子どもで、上手く人に甘えれるのが大人だよ。」



だから甘えていいよ。
って優しい言葉に、文貴は泣きながら尚治にもたれかかった。















「あ、いた。悠!廉!何してんだこんなとこで」

「っ!こーすけ!!」

「うぉ!なんだよ!」

「なあ!こーすけ!俺達、こーすけと兄弟だよな!?なあ!」

「……あたり、まえ…だろ……何言ってんだよ!」

「廉も…だよな!」

「廉もに決まってんだろ!どしたんだよ…」




廉は孝介たちに背を向けたままだった。

泣いてるのか、廉…

孝介は静かに言うと、廉はゆっくり振り返った。
瞳には涙が溢れている。そして、絶望のよつな不安のような、そんな悲しい表情をしていた。




「……どした?廉…ほら、こいよ」

「う、ぅ……こーちゃ…!」



グズグズ泣き崩れる廉に孝介は混乱して。
抱きついてくる悠を抱きしめるしか、できなかった。










心に渦巻くのは、





混乱と不安。






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