現実という壁。




7時ぐらいに家に帰ると、上機嫌な勇人と文貴が俺を迎えた。

おかえりーってふにゃりと似た笑顔を俺にむけて、なんだか珍しく鞄まで持ってくれて。



「なんかあったのか?」

「えへへーそれがね、あず兄。」

「あの洗濯物ね、孝介たちが「あーずさー!おかえり!」……悠…」

「うげっ!腹はやめろ!そんであずさって言うな!……で?洗濯物?孝介たちがやったのか?」

「俺もやったぞ!!なあ、エライ?」

「おお、えらいエライ。サンキューな、悠一郎」

「えへへ〜」



悠はあず兄にいっつも怒られてるけど、だからこそなのかもしれないけど、1番に褒めてほしい相手なのだ。

多分、悠にとってのお父さんはあず兄なんだと思う。
悠と廉はお父さんに会ったことないから。あず兄はお兄ちゃんのようで、お父さんなんだ。




「あずさ!ご飯食べよ!」

「分かったから、引っ張るな。」



リビングで一利とふにゃふにゃ笑い合ってた廉は、梓が入ってきておかえりいい!と笑った。


ただいま、と返す梓はグイグイ引っ張る悠を宥めて洗面台へ行く。
もちろん、手洗いうがいをするために。






食卓に並んだ豪華な夜ご飯は、勇人と文貴が腕をふるっただけあってどれも美味しくて。

ほっぺおちそ〜、と言いながら食べる廉と悠に、兄貴達はほのぼのと癒される。

ああ、平和で何よりだ。




「なあ、辰兄は!?」

「ああ…辰は今日は夜勤だ。医師不足の今じゃしょうがないけど、働きすぎだよな」

「ちぇ〜。今日こそ全員揃うと思ったのにぃ!」

「辰、にぃ…いない、の、寂し い…」

「そうだな。今度休み全員揃ったら温泉でも行くか!」

「温泉!」

「おん、せん!」

「………そんな奇跡あんの?」

「………」


保証はできない。



自信がなさそうに呟いた梓に、チビ2人はブーブーと言う(ほぼ悠)。

そうでもねえぞ。

と、どこからか聞こえて、みんながそっちを向くと、いつのまにか食べ終わっていた隆也が家族の予定のつまっているホワイトボードの前に立っていた。

ジーっとホワイトボードを見つめながら話し出す。



「再来週、ドクターは土日休みとったっぽい。多分末っ子どもと遊んであげようって考えたんだろうな、優しいし。まあ、俺たち高校生は部活は休もうと思えばどうにでもなるし、孝介もだろ?で、クソレは日曜はバイトのシフト入ってないし、あず兄も尚兄も休みっぽいしな。」

「再来週かぁ…確かに土曜は部活だけど日曜は休みだな」

「尚ちゃん、確か月曜有給とって久しぶりの二連休だーって言ってたし日曜休みだよ!」



勇人が嬉しそうに言う。

孝介、悠、廉の瞳がキラキラと輝きだす。
文貴もそれに混じってうわー、と嬉しそうに笑顔になっている。
一利はそんなみんなの様子にニコニコ笑顔が深まる。



「どっか行くか。日曜日!」

「「「やっったあーー!!」」」



どこ行く!?何する!?

と早速計画を練り出す三人組。
それを楽しそうに聞く文貴と一利は、目を合わせて笑い合う。

隆也も珍しく楽しみそうに笑っていた。



「ただ!遠出は無理だぞ!」

「え!なんで!ディズニー!」

「あほ!辰は医者だ。緊急が入ったらどんな状況だろうと行かなきゃいけねぇんだよ。医者に休みはあるようでないんだ。」

「ぶ〜………辰兄と遊びたいのに…」

「緊急で呼び出されないことを祈るしかないな」

「携帯家置いてきゃいいじゃん!」

「あほか!!」



とんでもねぇこと考えやがって!

鳥肌もののとんでもない考えに、梓は溜息をついた。


















綺麗な三日月が窓から覗き、三人の机の電気しかついていないぼんやりした明るさの部屋に、少しばかり青白い明かりが射し込む。

高校生三人組の部屋は、宿題をやっている一利と隆也のシャーペンをノートに滑らせる音しかしない。
勇人は今日は悠とお風呂に入ってるようだ。

多分、部屋に戻ってくるのは遅くなる。


すると、控えめなノック音が聞こえて、真っ先に反応した一利が、どうぞ、と言う。




「…どうしたの、廉…」

「んぁ?なんだ寝れねえのか?」



少し泣きそうな顔をしている廉に、一利は近寄って頭を優しくて撫でる。




「こ、わ……ゆ め、が……」



夢?怖い?

あぁ、怖い夢を見たのか。
ん?いや、さっきまで廉はずっと起きていたはずだ。一利はヘルプの意味で隆也を見ると、隆也はなんとなく察した様子だった。



「………夢、見るのが怖いのか?」

「っ!うぅ……」



夢を見るのが怖い?
どういう意味だろう。



「隆、兄……夢、みない、方法、ない…の?」

「………んなこと言ったってなあ…」



人間は寝たら必ずしも夢を見ていると言われている。

ただ、それを覚えているか覚えていないかの違いで、夢を見たか見てないかと言っている。


きっと廉はここ最近ずっと、夢を覚えていて、それが怖い夢なんだろう。

一利はそれを理解した。




「難しいな。夢を覚えていないようにするには、ノンレム睡眠のときに起きなきゃいけねえし、すると寝起きは悪いしな…」

「なんかよくわかんないけど……どうしよう」

「………一利、一緒に寝てやれよ」

「それ解決してないよね!?」

「い、いっ しょ……ねた…い…」

「……うん、一緒に寝よっか。おいで、」




解決はしてないけど、とりあえず可愛い弟が一緒に寝ようって怖がってるのだから、一緒に寝てあげよう。

だって、俺にはそんなことしかできない。





一利は、もう早速眠そうな廉を連れて、1番端っこに布団を敷いた。

隆也は一利と勇人の机の電気を消し、自分のところだけつけたまま、おやすみーと呑気に呟いてもう一度机にかじりつく。


うん、おやすみ。
お やす、み…なさい…


一利の胸にひっつくように身を寄せた廉の身体に手を回してやって、一利はふう、と息をついた。

すると部活の疲れが一気に身体に押し寄せて、ジクジク熱くなって、睡魔が一気に襲う。


あー…意外に自分疲れてたんだなー


と思ったのも束の間、すぐに眠りについた。














「おさき………って、一兄もう寝たの?」

「廉と一緒にな」

「え?…あ、ほんとだ。気づかなかった。」



あ、そっか。一兄は部活から帰ってきたらすぐお風呂入ったんだっけ?

と思い返して、勇人は椅子に座った。


仲良く眠る2人に、思わず顔が綻ぶ。




「俺、風呂。」

「あ、尚ちゃんいっちゃった。」

「げ。先こされた。…まぁいっか…」

「尚ちゃんだしすぐだよ」

「そうだな。坊主だし」

「でもちゃんとリンスもしてるらしいよ」

「え?それ意味ねーだろ。無駄遣い」

「無駄遣い言うなよ。あず兄はさすがにしてないっぽいけど」

「あんなん頭余計ツルツルんなるだけだろ」

「ちょ!ツルツルって…!」

「笑うなよ、寝てんだから」

「じゃあ笑わさないでよ…!」



声に出して笑わないようにするから、勇人の肩は震えていた。

隆也はそれを華麗にスルーして勉強を続ける。

第三者がいたらこう思うだろう。
不思議な光景だと。


















「あれ、廉はー?」

「ん?そーいえばどっか行ったな。まあ、帰ってくんだろ」

「えー!俺、廉いないと寝れねえよ…」

「はあ?なんだそれ、廉は枕じゃねえんだぞ?」

「ぶー!」



明日は練習試合があるから、悠は早く寝たいらしいのだが、廉はいつのまにかいなくなっていて、それに少し不機嫌になる。

孝介は溜息をついて、見ていた漫画を閉じた。



「ほら、もう寝るぞ。」

「………はぁい」



孝介は不貞腐れる悠の分まで布団を敷いて、一応廉の分も敷いた。

ほら。と促すと、頬を膨らませながら布団に潜り込む。




「おやすみ。なんなら子守唄歌ってやろうか?」

「俺はガキじゃねえ!!」

「はいはい…」



ま、子守唄なんて知らねんだけどな。

と心の中で苦笑しつつ、電気を消して孝介は机の電気だけで漫画を読み始めた。


何故か上機嫌になって無意識にでてきた鼻歌を、悠はぼんやりとした意識の中で聞いた。



ああ……この唄、俺、知ってる…。




「こー、すけ…」

「ん?」

「俺……そのうた…知ってる……」

「?………俺今何口ずさんだ?」



おやすみ三秒で夢の中へ旅立ったから、孝介は首を傾げるしかなかった。
















「文貴ービールー!」

「俺、芋、水割りー!」

「ちょっと、居酒屋でバイトしてるからって注文しないでよ!」

「早くー」

「分かったよー!もう!」



手早く美味しい状態で作ったそれぞれのお酒を2人の前に置くと、サンキューという言葉。

しょうがないなぁ、と居酒屋で作っている簡単なおつまみをササッと作って机の上に置いた。


「おー気きくなあ。サンキュ」

「うまそーじゃん」

「へへー」



単純な文貴はそんな褒め言葉にも、嬉しくなってしまう。


文貴は自分用にも缶チューハイを持って尚治の隣に座る。

すると梓は少し真剣な顔で話し始めた。



「それがさ…明日の練習試合なんだけど…」

「あぁ!悠と廉の?」

「うん……相手がさ、桐青小らしい」

「………それって、さ…」

「ああ。いるよ。……あの人。」





さっきまでの和やかな雰囲気はなくなって、静寂と寒気が辺りをつつんだようだった。

あの人。

それは、チビ2人だけ知らない、
この家の唯一と言っていい闇の部分。





「俺、行かねえ」

「文貴!」

「当たり前だろ!2人には悪いけど、俺たちが行くのはよそうよ。何かあるのは目に見えてるだろ?」

「……そうだけど…」

「むしろ2人休ませたい。楽しみにしてたんだろうけど、俺は、嫌だ…」

「……あず、俺も正直に言うと文貴に賛成だよ。でも、2人のことを考えると…」

「………」




どうしてだよ。

なんで、あの人はまだ俺たちの周りにいるんだ。

どうして完全にあの人と関わらないようにできないんだ?






避けようとしたって、
避けられない壁なのかもしれない。




それは、




現実という






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