ラベンダー
ラベンダーの花言葉は、
『私に答えてください』
こんなに怯えた田島くんを見たのは初めてだった。
俺は、手紙を握りしめながら目を見開く田島くんの手を上から重ねた。
ハッとなって、俺の目を見た田島くんを落ち着かせたくて、どうにか安心してほしくて、俺は泣きそうな顔を隠すように田島くんに抱き付いた。
俺が泣きたくなるときにしてもらってとても安心した、背中と頭をゆっくり撫でることを、俺は田島くんにした。
すると、田島くんは
「三橋ぃ……怖いよ……」
今まで聞いたことのない、震えた言葉を俺の耳元で言った。
私の田島くん。
野球もやめて、野球部員とも関わらずに、
私だけを見て。
盗撮された写真には、俺たちと笑い合う田島くんがいたけれど、田島くん以外の顔のところが、切り裂かれていた。
偶然、部活帰りに田島くんの家に行ったときにポストに入っていた手紙と写真だった。
俺と田島くんは家族から逃げるように部屋に閉じこもる。
「……怖いよ、三橋……どぉしよ、これ」
「た、田島、くん……みおぼえ、は?」
「ねえよ!告白だってされてないし、学校でだって俺部活しに行ってるようなもんだし……どうしよう…野球できなく、なっちゃうのかな…」
「う、うぅ……やだ、よ。おれ、田島くん、と、野球 した、い!」
「三橋ぃ…三橋っ!」
「田島、くん……相談、しよう…」
「でも、俺みんなを巻き込みたくない!……もう、三橋巻き込んじゃったけど」
「……泉、くん……だけでも…」
「いずみ…そうだな。」
俺より怯えて震えている田島くん。
今は、俺が、ちゃんとしなきゃ、ダメなんだ。
俺が、田島くんを、守るんだ。
いつも、守ってくれてる、ちょっとしたお返しになるように。
俺は田島くんの手を強く握りながら、恐る恐る、泉くんに電話した。
三橋からの、泣きながらかかってきた田島くんが危ないからきて、という漠然とした電話に、俺は考える前に体が動いていた。
風呂に入ろうとしたのをやめて、俺は適当にかばんをひっさげてチャリをこいだ。
「はっ…はあ…はあ……み、はし…田島は?」
「お、俺の、家にいるよっ…泉くん、わざわざ、あ、あ、ありがっ…!」
「全然いい。お前と田島のためなら、こんなんへっちゃらだ。それより、田島泣いてねえか?」
「……泣いて……う、うぅ…っ…」
「…三橋も、よくがんばったな。怖かったよな、迷ったよな…お前、ほんとにすげえよ。」
何がなんだかよくわかんねぇけど、三橋が、震えて動けなくなりそうな体に鞭打って、俺にヘルプをだしたのは分かる。
いつも以上に痛々しい涙を流す三橋の手をひきながら、家へと入った。
「あっ、い、泉!!」
「たじ、ま………」
こんなに、頼りない田島を見るのは初めてだった。
抱き締めた体が、こんなに小さく細く感じるなんて、思いもしなかった。
俺に縋り付くように泣く田島を見つめて、三橋は本当に自分のことのように涙を流す。
「………私だけを見て、か。こりゃ完全にストーカーだな」
「っ…や、やっぱり?そーだよな…」
「ああ……。田島、迷惑メールとか、無言電話とか非通知とかなかったか?」
「………一回だけ非通知は、あった。けど、もしもし、って言ったら切られたから…間違い電話かな、って…」
「うん……そうだな。そう思うよな、普通」
怯えた表情。震える身体。頼りなさげに握られた手。
隣の三橋にもたれかかってしょんぼりとしながら答える田島に、俺は小さく溜息をついた。
「他のやつら、巻き込む気ないんだな?」
「………もう、三橋と泉を巻き込んじゃったのは、本当に悪りぃと思うけど…部活ぐらい普通にやりてえもん。」
「その部活ができるか危ういんだろ?……とりあえず、今は話さなくていいけど、本当に危なくなったらシガポに言うからな」
「はい……」
まるで怒られてるみたいに2人して落ち込むから、俺は何も言えなくて黙ってしまう。
すると三橋が、
「今日!ふ、ふた、りとも、うち、と、とと、と まっ……」
「え!泊まっていいの!?」
「う、うん!あっ、2人が、いいなら……だけ、ど…」
「まじ?いいねお泊まり会!」
「うぉ、おお!お、お泊まり、会!」
お泊まり会という響きが嬉しかったのか、三橋はふにゃふにゃしながら喜んでいる。そんな三橋の様子に、田島も一緒に嬉しそうな笑顔になった。
とりあえず、だけど、今は平気そうだ。
三橋も強くなったし、田島の明るさなら乗り越えられるだろう。
なんて呑気なこと、考えていた。
「おい、田島行くぞ!」
「うおー!待って!おれ、一旦家寄ってから行く!先行ってて」
「はいよ。行くぞ、三橋。」
「う、うん……田島、くん、気をつけて、ね」
「っ!……うん、気をつける」
家の方に走っていった田島を見送ってから、俺と三橋は学校の方へ歩いて行く。
少し心配な気がしたけど、1人で大丈夫だと聞かないから、しょうがなく俺たちだけで部活に向かう。
気まずい空気が少しただようけど、足取りは止めなかった。
「……三橋、頼むから阿部には言うなよ」
「っ!…い、いわな いよ!」
「信頼してないんじゃなくて、心配事とかさ、あいつボール受け取るだけで分かる変態だから。なんかあったか、なんて言われるかもしんねえけど……適当に理由言えよ。なんなら俺がフォローするから」
「う、うん……ありがと…」
いい人だ!って表情が分かりやすくて苦笑いしながら、俺は三橋の隣を歩く。
一抹の不安が拭えないまま、部活のところに辿り着く。
「ちわっす!」
「ち、わっ!」
「ちわー!……2人で来たの?珍しいね」
「さっきそこで会ったんだ。な?」
「う、ん!」
適当に理由を言って、着替えようぜ!とさっさとベンチに荷物を置く。
慌てて三橋も着替え始めた。
「三橋、グラ整も終わってるし、田島待とうぜ」
「うん!」
いいお返事で。
よっぽと心配なのか、いつもより早い着替えに、俺は笑った。
「さあ!練習始めるよ!集まって!」
「っ!もうそんな時間?」
「う、そ…たじ、まく……こない…」
「………やべえ、かもな」
「ど!どー、しよ…泉く…」
「俺は田島探しに行く!モモカンにうまく……いや、やっぱ一緒に探そう。でも俺から離れんなよ!」
モモカンにうまく三橋が話せるとは思えないし、嘘下手だし。それに、ここに残れと言わんばかりの指示に、三橋はなんで?って顔をした。
俺も、俺も田島くんを守りたいって。
そう瞳が訴えてた。
「監督!」
「泉くん?」
「……すんません!ちょっと抜けます!」
「え!い、泉くん!」
「お、れも……すいま、せん!」
「三橋くんまで!ど、どこ行くの!?」
花井とか阿部の声も、今はどうだっていい。
田島!田島…田島!!
「無事でいろよっ……頼む…!」
田島の家についたけど、田島はとっくに家を出たとおばさんは言った。
俺たちは更に嫌な予感が増幅して、俺も三橋もお礼はそこそこに走り出す。
田島が学校行くときの道のりは今たどってきたはずだ。なのに、家にはいない、のか。
じゃあ、どこにいるんだ。
「っ!お、おれの…家、かな?」
「……!!」
もしかしたら、ありえるかもしれない。
いや、理由はわかんねえけど、他に行くあてはない。
「行くぞ!」
「う、ん!」
予想は、あたった。
けど、それは、予想以上の、
「……たじ、ま……くん…」
「た、じま……おい!田島!!田島!」
いたのは、玄関先で倒れる田島だった。
必死に名前を呼んでいたのが聞こえたのか、三橋のおばさんが玄関からでてきて、三橋が慌てて救急車!と叫んだ。
一瞬で状況を理解したおばさんが、すぐに電話を取り出して119をしてくれる。
俺は、なんとか冷静なところが残っていて、体を揺らさずにはすんだけど、肩を叩いて名前を呼ぶことはやめれなかった。
三橋も一緒になって名前を呼ぶけれど、ピクリとも動かないその様子に、俺は徐々に恐怖と後悔と悲しみとがわきあがってくる。
お願いだ……お願い、だ……
田島!頼む、目覚めてくれっ……!!
なんとか救急車で病院に行って、俺も泉くんも治療室に運ばれる田島くんを、見送った。
手術、するの、かな…
でも、なんで倒れてたん、だろう…
傷があったわけじゃないけど、でも…
病気とかだったら、どうしよう……
「三橋、平気だかんな…」
「いず、みく…」
「田島頑丈だしさ。すぐ元気に、なるって」
「………うん」
泉くんは、たまに嘘つきだ。
自分が一番辛いのに、おれの心配して、根拠のないことで、励まそうと、してくれる。
俺も、田島くんが、無事だって、思いたいけど。
でも、泉くんは、 泉くん、は……
「泣いても、いい、のに……」
「…へ?」
「泉、く……泣いて、いんだ、よ?」
「みはっ………」
「お、お母、さん!で、電話、しに、いこ」
「うん。そうね……」
俺がいると、泉くんは泣けないんだ。
俺の前では、強くいようと、するから。
だっていつも俺ばっか泣いてて、だから…
だから、泣けないし、甘えを見せない。
「お、母さんは、田島くんの、お母さんに、電話、してくれっ!」
「分かったわ。廉は?」
「俺は、監督に、電話する」
「………頼むわよ」
「…………」
震える指を無理やり動かして、監督の電話番号を探した。
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