ラベンダーA


監督はびっくりしてたけど、すぐに行くと言って電話を切った。

俺はホッとして、ずるずる座り込んでしまう。


「廉!」

「おかあ、さん…」

「私もう仕事だから、廉頼んだわよ。田島さんもすぐ来るって。」

「わ、分かった。あり、がとう…」

「無理しないでよ!」


バシッと背中を叩かれて、俺は慌てて返事する。
無理、って、どういうことだろう。

何をするのが無理することなんだろう。


まだ部屋には戻れない気がして、俺は田島くんのお母さんと監督を待った。








3人もいない少ない練習で、監督が突然大声で俺たちを呼んだ。
あいつらなんかしたかな〜と花井は痛みそうな腹を抑えながら駆け寄る。


「練習は中止!ごめんだけど、急用できちゃった。」

「え!そ、そーなんすか?」

「うん。まだ学校には早い時間だし暇かもしれないけど…自主練は許すわ。無茶だけはしないこと。花井くん、頼むわね」

「は、はい!」

「うん。本当にごめんね。志賀先生も今日はいないし、千代ちゃんにも朝練ないことは伝えるから、自己判断でよろしく!怪我しないようにね!」

「はい!」

「じゃあ、行くわね!みんなあとはよろしくー!」


ポカン……みんな呆然と立ち尽くす。

自主練つったって、先生も監督もいないんじゃあんまり意味がねえ。
できても……素振り、キャッチボール……ぐらいか?


「どう、する花井…」

「ああ。でもさ、自主練は無茶だろ。怪我したら怖ぇしな…」

「……勉強会にでもすっか」

「ええ!やだよ、今からまた授業あんのにぃ〜」

「だよなあ…。」

「それぞれ教室いって寝るって手もあるけど」

「それいいね。じゃあ、解散しよっか」

「そうだな…無茶するよりマシか。悪りぃけど先行っててくれ。俺、ちょっと泉に連絡してみる」

「じゃあ、俺は三橋に…」

「そうだな…田島も心配だし、俺らちょっくら電話してくる」


花井と阿部が荷物の場所に走って行くのを見送ってから、俺らものんびりを後を追いかけた。











「っ!!か、んとく!」

「三橋くん!田島くんは?」

「こ、っち、です…あ、泉くん、も…」

「そう。ありがとうね、三橋くん。」

「………」

「責めてないわよ。三橋くん。不安で怖いだろうに、よく冷静に電話してくれたね。」

「っ……う、うぅ……」

「ほら!行くよ」

「あ、まだ……田島く、の…おばさん…」

「監督!三橋くん!」


待たなきゃです。って言おうとしたら声が聞こえた。タクシーから慌てて出てきた、いつも穏やかで優しい田島くんのお母さんだ。

監督が冷静に、お疲れ様です。と言ってから、三橋くん案内して。と言う。

俺は少しびくびくしながら、泉くんのとこへ向かった。





「い、ずみく…」

「三橋…あ、監督、おばさん…」

「泉くん……大丈夫?」


泉、くん、目が赤いなあ。
俺も人のこと言えないけど、でも、泉くんが泣くのは、珍しいもんなあ。

俺は側に寄って、思わず手を握る。

泉くんは嫌がることなく、もっと強く握り返してくれた。


「あの、三橋さんから、三橋さん家の前で倒れてたって聞いたんだけど、何があったか、わかる?」

「………俺らも、わかんないんです。何があったか…」

「そう…」

「昨日三橋ん家泊まってて、んで、田島だけ荷物取りに家帰って、俺ら先部活行ったんすけど……時間になっても来ねえし、嫌な、予感して……」

「それで飛び出していったの…。」

「はい、勝手なことして、すんませんした…」

「いいのよ。それで田島くんを見つけたんだから」

「でもなんで悠は、三橋くん家に行ったのかしら…」


なんで、なんだろう……
俺がいないの、知ってるのに…


「もし、かして……田島は…」

「泉くん?何か分かるの?」

「………三橋、ちょっと…」

「う、ぇ、うん…」








泉くんに連れられてひと気のない廊下で、2人して座り込む。
朝早くて薄暗い廊下は、なんだか怖い。

俺はぎゅっと泉くんの手を握ったまま、顔を向けた。


「田島、もしかしたら…誰かに追われてたんじゃないか?」

「お、われて…?」

「全部想像だけど…多分、朝練行く田島を待って、んで家から出てきた田島を襲った。田島は逃げたけど、気付いたんだ……これは、手紙を書いたやつだって。」

「手紙……ストー、カー…?」

「うん。だから、学校の方に逃げたら俺たちが危ないかもしれない。違う方へ逃げたけど、殴られたかなんかでぶっ倒れた……ふらふらしながら近くの三橋ん家に助けを求めたけど…その前に、気絶した…。そう考えるのが自然かなって…」

「い、泉く、ん……すごい…」

「すごかねぇよ。……問題は、どうして俺たちじゃなくて田島を襲ったかだ。田島が好きで俺たちが邪魔なら、俺たちのこと狙うだろ?」

「お、た、確か、に……なんで…」


うーーん。考えていたら、ガチャリとドアが開いた。


「田島くん!大丈夫だって!」

「っ!!まじっすか!……良かったぁ」

「よ、よかった、よぉ……」

「はいはい、泣かない!脳震盪らしくてね。まだ目覚めないから、今は寝てるわ」

「脳震盪……良かった…」

「だから、あなた達は学校に行くこと。田島さんがしっかりついてるからね。わたしもバイト始まっちゃうから行くね」

「え、は、はい……」

「サボったの分かったら…承知しないからねぇ…!」

「っ!!は、はいいい!」


監督、怖い……病院に、いるつもりだったけど、無理そう、だな…
それは泉くんも思ったみたいで、しょうがないかって顔をした。


「やべっ、花井から電話きてる…!」

「うぉ、お、おれ……阿部くん、から」

「………帰るか。まだ間に合うし。つか、練習着だった!…めんどくせー」

「ほ、ほんと、だね…」


安心したからか、泉くんはまだ握られた手のひらに少し驚いて離した。
恥ずかしーよ、ばか。って口では言ってるけど、顔が赤かったから、俺まで恥ずかしくなった。


「ご、ごめん……」

「いや……三橋の手、冷たかった……けど、安心した。瞑想の成果だな。」

「お、おぉ!そう、だね…!」

「おう。よし、とりあえず花井たちには適当に言い訳すっか」







安心、なんか、




しちゃ、駄目だったんだ……










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