10、夢物語

死は安らかなものだと思っていた。それが息を引き取った主と周囲を別つものだとしても、嘆き悲しむものではないと思っていた。

人は皆、望まれ、愛され、慈しみあって生き、やがて永遠に瞼を閉じる日が来る。安住の地で。それが当然で、それ以外を知らなかった。僕の目前で、ネズミが自力で体を支えることすら出来ず、倒れたあの日までは。ネズミの命が消えるのではないかという不安が、足元をおぼつかなくさせた。震える手を押さえることが出来なかった。僕自身の鼓動さえ、どうにかなってしまいそうだった。

「恐怖で息が止まるかと思った」

「誰かの為に死ぬ必要はない」

失われた多くの生命を今でも大切に思い、彼らの為に自らの全てを懸けているネズミは、僕に対して矛盾したことを言う。

「だから、計画の途中で俺に何かがあった時、あんたは一人になっても逃げろ」

「ネズミ、計画は成功させるんじゃないの?」

「二人で戻るのが大前提だけど、もしもの事態で全滅は避けたい。臨機応変に、打つ手は多いほうがいいからな。生き延びることが先決だ」

熱い白湯の入ったマグを両手で包み込み、暖をとるネズミの視線に揺らぎは無かった。彼の決意の前には、僕の気持ちなど小さなものにしか過ぎないのだろう。けれど、僕というパーツが彼にとって有効なら、それは願っても無いことだ。ストーブにかけたケトルはしゅんしゅんと音を立てている。暗い地下にいて、真っ白な蒸気を上げていても、不思議とこの部屋は湿気が篭ることがなかった。

「でももし僕が死んだら、魂だけになったとしても君に会いに来たい」

霊の存在なんて信じてはいない。けれど、ネズミの前でなら、普段の僕が表情さえ変えずに否定してしまうような、非科学的な願いを抱くことが出来た。彼の傍に居たい。居ることが出来るなら手段を選ばない。その想いが僕を突き動かす。

「あんたの言葉とは思えないな」

一瞬、目を丸くしたネズミが、相好を崩してくすくすと笑った。

「ネズミは、僕に会いに来たいと、思ってくれないの?」

「死んだらそこで終わりだ。その先は無い。何も残らない。でも、」

一旦言葉を区切ると、ぬるくなった湯で喉を潤し、ネズミは続けた。

「あんたが残された時、時々俺を思い出してくれて、会いに来て欲しいと願ってくれるなら、それも悪くないな」

そう言ったネズミの視線がひどく優しくて、僕は泣きそうになるのを堪えるのに必死だったのに、あの時はまだ、二人が離れ離れになるなんて、夢物語でしかなかった。

今はただ、永遠ではない別れと信じ、僕は彼を待っている。僕が彼を待つことで、どこかにいる彼が、ほんの少しでも何かを感じていることを祈った。



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