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ピピピピ…ピッ

「んあー…」

 私の眠りを妨げる目覚ましを、布団からガサゴソ手を出す事で掴み、ボタンを押して止める。うぐあーなどと意味不明の言葉を述べながらもぞもぞ布団の中で動き、しばらくして、

「うー…」

 目を閉じたまま起き上がった。頭を振ってボサボサの髪をなんとか通常に近い形に戻し、目をパチリと開ける。
 目覚ましが示す時は8時1分。

「うーん…」

 目をこすり、あくびをする。首にかかる青い石のペンダントが揺れる。黒茶色の、背中まである髪を手櫛である程度整えた時、眠そうな目がカッ!と開く。そして、目覚ましを鷲掴みにして立ち上がる。

「8時?!」

 バサバサと掛け布団が敷き布団の上に落ちていく中、彼女は一人、悲鳴をあげた。



 午前8時30分、旧神奈川県某所にある普通科高校。
 黒いブレザーにタイトスカートまたはズボン、白のワイシャツに深緑のネクタイを締めた生徒40人ほどが一つの教室で、自分にあてがわれた座席に着席する。広くも狭くもない教室には、魔法関連の機材は一切無く、サイオン無しで動く普通の電化機材が置かれている。

 そんな教室に男教師がよく言えば自然体で、悪く言えばだらけている雰囲気を纏って入ってくる。佐藤という苗字の教師は、ひどくかったるそうに、今にも寝そうな目つきで開いた電子タブレットを見た。

「遅刻者を遅刻と書くために出欠とるぞー。阿久津ー、足柄ー…」

 面倒くさそうにやるわりには、すっ飛ばしも無くきちんと全員の名前を呼び、顔を見る教師 佐藤。佐藤は、カ行の一発目の苗字を見て沈黙した。ふっと目線を上げて苗字の持ち主の机を見て、誰もそこに座っていないことを確認してから、息を吸う。そして、それなりに大きな声で呼ぶ。

「栗本ー」

 しばらく待ち、返事が無いので仕方なしに出席簿に印をつけようとした時、

「はーい!」

 廊下から声がした。そして間を置かずに教室後ろ側の引き戸をがらりと開けて、一人の女子生徒が息を荒くしながら駆け込んでくる。黒茶の髪で、両横の一房を残してシニヨンにまとめ上げた髪型をし、髪と同じ色の瞳を持った彼女は、

「おはようございます先生。――ちゃんと返事しました!次の人の名前はまだ呼んでいません!だからセーフですよね!栗本はセーフ!」

 律儀に挨拶してから言いたいことを叫んだ。その様子を沈黙して見ていた佐藤は目を閉じて頭を掻いた後、ジロリ、と生徒――栗本を見る。

「じゃあ今回見逃す代わりに次回のテストで全科目90点以上ね」
「無茶言わないでくださいよー」
「学年一位が何言いやがる」
「いやだって全科目って自由選択も含みますよね?それだとキッツイですよー」
「だからそれを代償に見逃してやるって言ってんだろ」
「仕方ないじゃ無いですかー。夜遅くまで裏から日本を救ってたんですから」
「冗談はいらねぇ。ほれ、座れ」

 はーい、と漫談を終わらせて明澄はおとなしく席に着く。
 どうやら遅刻は回避したらしい。代償のテスト勉強頑張らねば。ちなみに、裏から日本を救っていたのに間違いは無い。昨日は家でアルストツカに栄光あれ!(某海外ゲームのスローガン的な言葉)をしていたら響子さんにちょっと手伝いを頼まれたのでさくっと敵国のスパイを掃討して、深夜に軍からお呼び出しされ、報告をさせられていた。うん、ブラック企業。

 生徒全員の名前を呼び終えた佐藤は生徒の顔を一通り見て、はい。と前置きする。

「我が校に、今年も面倒なことをやる時期がやってまいりましたー」

 トン、と机を叩くと、佐藤はひどく面倒そうに言った。

「…文化祭でーす」

「「「「いよっしゃあぁぁぁぁぁあ!!!」」」」

 教室に生徒の歓声が上がった。立ち上がって全身で喜びを表す者、顔が緩みきっている者、乗り気でないのか無表情な者、さまざまではあるが。そんな生徒たちを眺める佐藤は、電子黒板に文字を書き始める。書き込まれる文字は、"文化祭実行委員"。

「はいはい、みんなやる気だね、偉いね。――じゃあ委員決めるぞ、2人」

「「「「…………………」」」」

 教室に生徒の沈黙が広がった。座って目をそらす者、手元を見る者、もはや現実逃避の域に達する者、さまざまではあるが。そんな生徒たちを眺める佐藤は、何故か時計を見る。今の時刻は、9時15分。

「時計見たけどどうでもいいや。とりあえず目についたから荻野と、栗本。ちょうど男女だし、学年上位というかトップランナー2人だからオッケーだろ。はい、決まり」

「おい佐藤なんだそのふざけた理由は」
「ちょっと先生ひどいってうちらの意思は無視ですか」

 荻野と明澄が立ち上がる。荻野も明澄も表情が怒りを語り、言葉は心なしか荒い。しかし、怒りに燃える2人を佐藤は無視して電子黒板に名前を書き込む。

「はい、このクラスの委員は荻野慶太と栗本明澄です。はい拍手〜」

 パチパチ、と満場一致の拍手が2人に届く。そして、佐藤のあとよろしく、という一言で荻野と明澄の敗北は決定した。




「はい、ではこれからクラスの出し物希望とりまーす」

 教卓に立つ荻野は、諦めの表情で議長を務めている。その横で明澄はタブレットにキーボードを接続して佐藤から受け取った委員会用の記入データとノート用のメモパッドソフトウェアを展開し、ひたすら打ち込み続けている。

「お化け屋敷」
「喫茶」
「縁日」
「タピオカジュース」
「映画」
「アイスの転売」

「とりあえず王道…てか転売って隠す気もねぇのかよ」

 はいはい、と言いながら荻野が電子黒板に記入していき、明澄は相変わらずキーボードを叩き続ける。

「お前何打ってんの?」

 思わず気になった荻野が覗き込むと、

『佐藤のウザいところ』
『面倒だからアイスの転売がいい』
『名前分かんないな、荻野なんたら』

…等々、なかなかに何というか、その、

「真面目に書けよ!」
「痛っ」

とりあえず友人になって二ヶ月の人間を叩こうと思う程度には非常に不真面目にキーボードを働かせていたことが分かった。

「何だよ『荻野なんたら』って!荻野慶太だ!名簿みろよ!」
「見たけど忘れたよ」
「お前なぁ」
「冗談だって。荻野慶太郎くん」
「漢字が一文字余計だ!」
「荻野太郎」
「お前…」

 しれっとしてこちらを見る明澄に呆れつつ、とりあえず先に話を進める。

「はい、じゃあこの中で決めるから適当に手あげてよ」

「「「「はーい」」」」

 こちらを見る気配もなく騒ぎ始めていた生徒に手を上げさせ、自分以外の、明澄を含めた生徒の希望を聞いた結果を電子黒板に記入していく。

 お化け屋敷に5票、喫茶に11票、縁日に6票、映画に4票、タピオカジュースに2票。そして、アイスの転売に11票。

――お、

喫茶とアイスの転売、どちらかが自分次第で決まると認識した。正直どちらでもいいが、

「………」

今度は真面目に書くために、キーボードを走らせる明澄を目だけでちらりと見て、

アイスの転売、12票。

自分の票を追加した。

「はい、これで俺たちのクラスはアイスの転売を第一希望にします。第二希望は喫茶な」

 そう言って教卓を降り、同時に打ち込み作業を終えた明澄と並ぶように自分の座席へと戻った。

「栗本」
「ん?」

 席について、後ろの彼女を見る。一方の彼女は不思議そうにこちらを見た。

「佐藤のウザさについては同意する。もっとやってくれ」

 そう言うと、彼女は一瞬キョトンとして、それからニヤリと笑った。それなりに整った、綺麗な笑みだった。

寝坊してきた彼女はやはりなんというか変な奴でした


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