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 ぐすん、と一人泣く。顔を覆う手は小さく、纏う衣も死覇装ではなく、隠密機動の隊服。色素の薄い髪は長く、夜一様に勧められたポニーテールにしている。

 紛れもない、子供の私。

『喜多チャン、喜多チャン』

 呼ばれて顔を上げる。似た顔、似た前髪、だけど成績は私と全く違い、誰よりも優秀な家族がいた。

『お兄ちゃん』
『なーに泣いてるんスか』
『…今日も、術が上手く使えなくて』
『あれま。それ、ボクにやって見せてください』

 習ったことをそのまま実行する。術は成立したように見えたが、兄に触れた瞬間霧散する。視界がぼやける。

『わたし、才能がないのかな』

 そう言ってまたぐすぐすと泣き始め、顔を覆った私に、兄は「ほーら泣かない」と両手首を掴んで無理矢理引きはがそうとした。腹が立ったので兄の両手拘束をすりぬけて背後に回り、逆に兄を蹴り倒す。

『間違いなく白打と歩法は才能アリアリ…痛い…』
『でも、肝心の術が使えなかったら困るじゃん』
『確かに、強敵と遭遇しちゃうと命が無いねェ』

 言われて悲しくなり、また視界がぼやける。えぐえぐと泣いていると、兄は頭を撫でる。

『喜多チャンが全部悪いわけじゃないと思うんスよ。うまく説明できないけど、ボクに降りかかった瞬間おかしくなっちゃうのは、別の原因がある』

 涙でどろどろの私の顔を、兄の袖が優しく拭う。…こういう時は、ちゃんと普通なのに、どうしていつも病的に上手くいたずらしたり厄介なことをするのか。普段から普通のお兄ちゃんをしてほしい。

『その原因を探すのが教育者の役目なのに、それをしてくれない大人だって悪い!だから喜多チャン、大人に怒ればいいんスよ!』
『それ、普段から悪いことをしてるお兄ちゃんに言われたくない』
『アハハ…』
『でも、ありがとう』

 お礼を言うと、兄は笑った。

『喜多チャンは、死神になるといいっス』

 世界が広がれば、きっといいことがあるから――――


 パチリ、と目を覚ます。

 見慣れた畳、障子を開け放ったがらんどうの隣室。…ネムが家具を持って出ていったので、兄の残した棚と机以外はほとんど家具がない。空いた部屋を埋めるほど、新しい何かを買う意欲もなかった。

 広い部屋に一人。慣れてはいたが、この状況でそれを痛感することは涙腺には良くなかったようで。

「………」

 流れる涙を拭い、丁度鳴り出した目覚ましも止めて布団から起き上がった。





 四番隊隊舎、席官室。喜多は自分の札を出勤に切り替えた。

 私が働いていない間に戦時特令、上官たちの帯刀許可が下りたらしい。出勤してそう言われた。

 それになんか、物騒になってきている。旅禍がではない。瀞霊廷が、だ。

 朝、藍染隊長が殺されたらしい。その光景を目撃した雛森副隊長が市丸隊長に刃を向け、彼女の同期である吉良副隊長が上司を守って戦った。結局、日番谷隊長が介入して二人は拘置所行き。

 藍染隊長が殺され、市丸隊長に疑いがかかる。――――百年前の役者が揃いも揃って登壇とは、何かおかしくないだろうか。

 サラサラと風に揺れる金糸のような長い髪を見たような気がして目を閉じる。………囚われてはいけない。目を開けば、そこには何もなかった。

 まあ、おかしいだなんて思ってるのはおそらく私と杜屋ちゃんだけで、他の人たちは藍染隊長の死を嘆くのだろうけれど。あいつは、本当に死んだのか?

「浦原、ちょっと」
「ひょえぁあ!」

 真剣に物騒なことを考えていたから、背後から声をかけられて驚いてしまった。慌てて振り返れば、卯ノ花隊長が笑顔でこちらを見ている。

「申し訳ありません…!」
「なかなか愉快な悲鳴でしたよ」
「忘れてください」

 つまらないやり取りをして、卯ノ花隊長が表情を切り替える。

「藍染隊長の死体、検分してみてもらえますか」

 真剣な表情と声、その内容。朝からなかなかハードだあ。

 はい、と返事をする。断る理由などない。




 卯ノ花隊長に連れられて、人払いのされた部屋へ入る。

「………」

 そこには事切れた藍染隊長が寝かされていた。かけられているシーツをどかし、慎重に様子を伺うが、何かがおかしい。うまく説明できないのだが、違和感がするのだ。

「始解してもいいですか?」
「どうぞ」

 あっさり下りた許可に礼を言う。おそらく、卯ノ花隊長も何かを感じたから私を呼んだし、私の力を使う許可を出したのだろう。期待に応えられるといいが。

 刀を抜くと自分の斬魄刀の名を呼び、鈴を鳴らして刃の峰を遺体の手に触れさせる。

「…あ、」

 霊力はほとんど流していないが、何かがぶれたような気がした。慌てて刀を遺体から離す。

「……これ、本人ですか?」
「やはり、そう思いますか」

 これ以上霊力を流し込んで遺体の異常を調和するのはよくない。私の悪すぎるおつむでもそれくらいは分かる。

「もう、いいです」

 常ならぬ厳しい声に振り返る。――――卯ノ花隊長が珍しく、眉間に皺を寄せていた。

「何かあれば、相談に来なさい」

 絶対に何か起きている。そう確信した声だった。




 午後、怪我人の処置が大方終わり、比較的自由な時間を取り戻した私は地下救護牢へと向かう。誰にも邪魔をされたくなかったので、こっそりと席官室を抜け出して、救護棟の巡回をするふりをして地下に潜った。

 確か、目的の牢は〇七五だったはず。

 昔習った隠形を利用してこそこそと動き回る。かくれんぼなら今でも砕蜂ちゃんにも負けない自信があるんだ。我ながら、何で四番隊にいるんだろうね?

 すたすたと薄暗い廊下を進み、目的の牢の前で立ち止まる。…運がいい、看守たちは離れたところを巡回しているようだ。

「やほー」
「?!」「なっ…!」「ああ?」

 突然現れた死覇装の女に旅禍の皆がかなり驚いていた。そうだよね、ビビるよね。口元に人差し指を立ててジェスチャーを送れば、彼らは大人しくしてくれた。何とか会話を始められそうなので、容赦なく開始する。

「こんにちは。私は四番隊四席、浦原」
「「浦原…?!」」
「突然で悪いんだけれど、質問に答えてほしいの。前提として、私は斑目くんに死神の旅禍については話を聞いたわ。あとは知らないから適当に言う」

 間違ってたら指摘して、とだけ言い、彼らの返事も待たずに話し始める。

「黒崎くんの師匠が浦原喜助、滅却師のあなたは…多分自分の師匠がいるわよね。ならあなたは?」
「夜一さんだ」
「………夜一さんが…」

 俺は?!と志波家の岩鷲さんが叫んでいるが、君のことは今はどうだっ…なんでもない。とにかく、お兄ちゃんと夜一さんが一緒にいる。だったら。

「二人の傍に、ガタイのいい眼鏡の男はいる?」
「テッサイさんのことか?」
「ああ…テッサイさんもいるんだ…」

 思わず顔を手で覆った。滲む涙を何とか堪える。

――――三人とも生きてる。特に、お兄ちゃんが生きている。ならきっと、皆も、シンジさんも、生きているはずだ。

 とにかく、必要な情報は手に入れた。三人でこの旅禍たちを手助けしているというのなら、私は旅禍に味方すればいい。脳がオワコンしてるような判断だが、絶対に間違っていないと思う。

「あの…あなたは、もしかして、浦原店長の家族ですか?」

 滅却師の男の子が手を上げてこちらに聞いてくる。岩鷲さんや、夜一さんの教え子がどうしてと言うのに対し、髪の色とか、名字とか、顔つきとか…と何箇所も指摘してくるあたり、彼はもう確信しているのだろう。

「…兄が、大変お世話になってます」

 一粒だけ溢れた涙を拭って、顔を覆った手をどける。

「私の名前は浦原喜多。浦原喜助の妹です。よろしく、旅禍の皆さん」

 旅禍ご一行が叫びそうになったのを、私は慌てて止める羽目になった。

 それからは互いに知り得た情報をやりとりし、黒崎くんが暴れだしたら彼に合流という乱雑な計画を立てて終了した。彼らは嫌でも団体行動だろうが、私は自由に動かせてもらう。

 さて、あとは然るべき人達に相談するだけだ。でも今日は疲れたから仕事を済ませて退勤して寝る!




 時はサクッと流れて朽木ルキア処刑当日。

「………おはよう、今日も綺麗だね」

 先日家に帰ったら薄紅葵の花が机にあった。一人の寂しさを埋めるためにそれにひたすら話しかけ、お休みまで言って寝たのは私と君の秘密だぜ?

 そんな秘密を抱え込まされたそれは今日もみずみずしく咲いている。丁寧に手巾に包んで、懐へ仕舞った。

 いつもよりも早い時間に隊舎へ向かい、出勤の前に隊首室へ向かう。声をかければ、返事があった。怪我人も多い状態故に卯ノ花隊長は早朝から詰めていたらしい。その忙しさの中でも、彼女はいつもの笑顔で私を中へと入れてくれた。

「………卯ノ花隊長」
「はい」
「お兄ちゃんが生きていると聞きました。旅禍の一人に稽古をつけたそうです」

 私にお茶を入れた湯のみを差し出していた卯ノ花隊長は目を細めた。

「………あなたは、百年前と話がつながっていると言いたいのですね」

 差し出された湯のみに礼を言いつつ手はつけない。飲む暇もなく言いたいことがありすぎた。

「藍染"副"隊長の死体が本物ではない。それは彼の疑義を深めます。それに、査問においてお兄ちゃんが出した名前で何も被っていないのは彼だけです」

 無言で続きを促される。もうためらわない。

「私は、確かめたいです。ルキアさんを何としても処刑したい奴が誰なのか。彼女が死ぬと、一体何があるのでしょう。お兄ちゃんは、彼女が死なないようにするため、旅禍を鍛えたはずです」

 膝の上に置いた手を握りしめる。

「私は、必要があるならば、旅禍に加勢するつもりでいます」

 言った。言ってやった。スッキリ。

 だが同時に卯ノ花隊長に堂々と敵対の可能性を告げてしまったので冷や汗がすごい。ああ、卯ノ花隊長の沈黙が怖い。私が俯いちゃったからあの美しいお顔がどうなってるかわからないのが余計に怖い!死ぬかな?!

 そうやってドキドキしながら待つこと数秒、彼女が口を開いた。

「浦原四席、まだ、実家で培った力は残っていますね?」

 想定外の言葉に硬直する。顔を上げてびっくり、隊長は怒っている雰囲気など全くない表情で、いたって真剣に言葉を続けた。

「ついてきなさい。ただ、誰にも気づかれないよう、こっそりと」
「――――はい!」

 その返事をもって、私の百年がようやく動き出した。



朝凪の決意