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 四番隊・綜合救護詰所。

 旅禍が大暴れしている今、普段はそこそこな忙しさの四番隊は火の車のごとく忙しくなる。

「浦原四席!お願いします!」
「はい!――――この人は処置が終わったからあとよろしく」

 私はむき出しになった額に浮かんだ汗を拭う。

 やれやれ、次から次へと人が担ぎ込まれてくるんだよ。ありがたいのは部下たちの仕分けによって重傷ばかり私のところにやってくるというところか。加減しなくてもちょうどよく傷がふさがってくれてありがたい。ただ、どうして十一番隊ばっかりなんだ、ガラが悪すぎるだろうに。

「あら、斑目くん」
「ども、浦原さん。お久しぶりです」

 ふざけたことを真面目に考えていたら、見覚えのあるスキンヘッドくんがやってきた。

 約百年前にひよ里さんと戦う斑目くんを実力行使で止めて以来、私は彼から敬語を使われるようになってしまった。…そんなに私は怖かっただろうか。

「随分盛大に喰らったのね。まあ、治療しやすくて助かるんだけど」

 そう言って治療を始める。

 旅禍は本当にざっくりとやってくれたらしい。死神の霊圧の形跡が残る傷口を見るに、剣筋は荒いが素質がないわけではなさそうだ。…だって、現世の人間がルキアちゃんから死神の力を受け取ってまだちょっとでしょう?十一番隊の三席を退けるなんて凄い成長力じゃない?

「浦原さん」

 思考を斑目くんの真剣な声がぶった切る。

「旅禍の一人…黒崎一護って奴がいるんすけど」
「へえ」
「そいつが、師を浦原喜助だと言いました」

 ……………。

「いででででで!!!!」
「あああごめん!」

 想定外の言葉に思考が止まった。その間も回道を使う手は止めなかったので過剰に治療してしまった。ごめん。

「…本当に?あ、いや、斑目くんが嘘を言ってるって言いたいわけじゃなくて」
「本当です」
「っ………」

 言葉が出ない。…いや、今までもそう思ってはいたんだけど。

――――お兄ちゃんが、生きている。

「………そっか。このこと、誰かに言った?」
「浦原さん以外には言っていません」
「…なら、更木隊長以外には言わないでほしいな」
「わかりました」
「ありがとう」

 ひとまず治療を終える。傷が深いので、またもう一度面倒を見なければならないだろうが、命は万全に繋がった。

「休憩取ってくる!」

 外にいる部下に声をかけ、とにかく誰もいない部屋に閉じこもる。

「………」

 ぺたり、と床にへたり込んで、両手で顔を覆う。

「――――っ、ぐすん、すん…」

 少々、思考と感情を落ち着けるための時間が必要だった。




 場所は変わって一番隊隊舎。

「…十一番隊第三席 斑目一角様…同じく第五席 綾瀬川弓親様……以上二名の上位席官が重傷のため戦線を離脱なさいました…!」

 他隊の副官たちに混ざって、由布子は伊江村による四番隊からの報告を聞いていた。

――――隊長とやちるさんは無事だろうから、それ以外だと私だけか…

 現世の人間が、本職で刀を握る死神を数時間でここまで追い込むだなんて、一体どれだけ強いのだろうか。浮つく感情を抑えながら、冷静な部分で考える。

 旅禍は、何を目的にここへ来たのだろう。…おそらく、朽木ルキアの奪還。彼女の処刑まであと2週間ほどというタイミングを見るに、それしか思いつかない。だが、これは私にとって重要ではない。

 もっと重要な内容。死神となった旅禍はともかく、人間のままである旅禍はどうやって、霊子体となってこの世界へ侵入したのだろう。…絶対に、彼らを手引きした者がいる。瀞霊廷内からは常識的に考えるならばありえない。多分、現世側の誰かだろう。現世側の誰か――――まさか、浦原隊長だろうか。

「………」

 死んではいないと思っている。でも、生きている確証もない。…生きているなら、彼はこれくらいのことはやってのけるだろう。それだけ、諦めの悪い男。

 ならば、その男が諦めていないのは何だろう。旅禍を送ることで、彼は何を手にいれるのだろう。そうさせるのは、誰だろう――――藍染"副"隊長だろうか。

 由布子は後頭部の髪飾りに触れる。

『もし、また昼食をご一緒するときがあったら、その時に着けてきてほしいっス。あ、嫌でなければっスけど』

 もう声音は思い出せない。しかし、それでも大切にしまい込んである記憶。

――――よし。

 斬魄刀を握りしめ、部屋の外へと向かう。

「杜屋さん、どこへ?」
「部下の様子を見に、四番隊へ」

 止める雛森副隊長たちを気にも留めず、由布子は足に霊力を込めて跳ねる。…少し加減を間違えたかもしれない、飛びすぎたかも。

『主、荒れとるのう』
「………」

 一番隊の塀の瓦に着地し、草履を履いて通路へと降りて走り出す。

『まあ、百年も待てばそうなるのが普通じゃって』
「荒れてるなら吸い取ってほしい」
『吸い取れないぞ』

 どういうことだ。『薄紅葵』は私の表情を、感情を食っているはずなのに。

『主はその感情に名を持っておらん。指定できない、持て余した感情は管轄外』
「………」

 お役所のような対応に思わず呆れる。お前は私の味方ではないのか。

『大丈夫じゃって、それくらいでは死なん』

 『薄紅葵』に突き放され、私はもて余した心の動きをどこにも預けられなくなる。それをどう扱ったものか悩むうちに四番隊の門前へ到着してしまった。

「………」

 どうしようもならなくなったので一旦棚に上げる。…きっと、時間がたてば落ち着くはずだから。

 さて、目前の建物であるが、流石に元所属部隊とはいえ不法侵入はお咎めものなので、普通に門から立ち入る。

「杜屋副隊長!」
「さっきぶりですね、伊江村三席。忙しい時にごめんなさい」

 真面目眼鏡の彼と偶然出くわす。『薄紅葵』のお陰で、彼の内面はかなり荒々しい人だということは理解している。…多分、十一番隊が大量に入院しているこの状況に相当腹を立てているはずだ。

「斑目くんと綾瀬川くんをシメに来た」
「ああ、ありがたいです!こちらへ!」

 やはり、迷惑をかけていたらしい。滅茶苦茶嬉しそうなのが私でもわかる。申し訳ない。…だけれど、それだけの感情があるなら、普通に移籍して昇進すればいいと思う。喜多のように四番隊で突き進んでいく人ではないのだろうから。

 部屋に案内してもらい、あとはいいと告げれば、死ぬほど忙しい四番隊の状況もあって彼は持ち場へと去っていった。こういう時、四番隊出身だとどのように隊舎内が回っているか理解できるので、邪魔をできる限りしないように協力できるのはいいこと…だと思いたい。

「斑目くん、杜屋です」
「――――!どうぞ!」

 障子を開ける。包帯だらけで寝っ転がる彼の様子から、これはまだ元気だな、と想像よりいい状態で安心した。

「四番隊をパシリに使ったり、理不尽を押し付けたりしてないでしょうね?」
「そっ、それはモチロン…」
「何かあれば飛んでシメに来ますから。皆にも伝えておきなさい」
「ッス…」

 圧をかけるだけかけたから、元の所属にかける迷惑が減ったと信じたい。………十一番隊の戦いは他者を倒すことだが、四番隊の戦いは他者を救うことだ。同じように戦っているのだと、私の部下たちには早く気づいてもらいたい。

 でも、それは本題では無いのだ。

「更木隊長は来ましたか?」
「少し前に。旅禍の話を聞いて行かれました」
「…となると、隊長はもう止まりませんね」

 一足遅かったらしい。うまく会えればよかったのだが、しょうがない。

「杜屋副隊長は、どうされるのですか」
「………」

 斑目くんがこちらを見る。その顔は、何か思うところがあると分かっているような表情なので、仕方なしに話す。

「私は、誰が旅禍をこちらへ送り込んだのか気になっています。…ただ、予測はついています。だからいいんです。もっと重要なのは、『何故、その誰かは旅禍を送り込んできたのか』」

 部下がこちらを注視する。彼はきっと興味などないだろうが、わざわざ聞いてくれているので聞かせてやる。

「朽木さんの処刑を止めるため――――その処刑には、別の意味があるのかもしれない」

 言うだけ言って、隣の部屋につながる障子を開ける。そうすれば、聞き耳を立てていた部下もとい綾瀬川くんが避け損ねてこちらへ倒れこんできた。

「そういうことで、私は行きます。書類はお二人にお任せしますから」
「そんな、杜屋副隊長が書類捌けなくなるほどケガすることなんてあるんですか?美しいのに?」
「私より美しい綾瀬川くんがケガをしてるのだから、私だってします」
「それは確かに」

 私は部屋を退出するべく廊下側の障子に手をかける。ああ、言い忘れてはいけない。

「あと、四番隊をパシリ扱いしたらあなたの髪を剃り落としますから」
「絶対にしません…」

 引きつった笑顔で返事をするのを見てから障子を引いて廊下へ出る。

――――情報を集めに行こう。




 由布子が出て行った部屋の中、彼女の部下である二人は顔を見合わせる。

「今日の杜屋副隊長、よく喋ったな」
「そうだね。それに一角、気づいたかい?」

 弓親は笑う。

「今日の杜屋副隊長の瞳、とても美しかったよ」

 これはきっと楽しくなる。そう感じさせる予感に、荒くれ者の二人は目を輝かせた。



それは幻のような希望