それは少し空いた時間のことだった。
五番隊において一番偉い人が使う部屋で、ぐうたら机へと伸びていた平子。副官の淹れたお茶を片手に書類へ手を伸ばした時、突如窓から死覇装を着た女が飛び込んできた。深紫の瞳が特徴の整ったかんばせを持つ他隊の席官、杜屋由布子である。
「突然すみません…!」
咄嗟に刀に手を伸ばした惣右介も目を開いて驚いていた。確かに、彼女は平生こういうことをしない。草履を脱いでいるし、こちらを蹴らないのでのでひよ里より段違いに良いが。長い栗色の髪が肩から流れ落ちる。
「匿ってください」
「ハァ?」
「早く!曲光もお願いします!」
机の陰に隠れるようにしゃがみ込み、切羽詰まる様子でそう言った杜屋。しょうがなく、平子は曲光で杜屋を隠した。それからしばらくして、息を切らせた同格の男が窓から顔を覗かせる。
「よォ喜助ェ」
「どうも、平子サンに藍染サン。杜屋サン、見てないっスか?」
「知らんで?」
「あれ?お邪魔しました〜」
とぼけた俺と笑顔で首を横に振る惣右介を見て踵を返した喜助が見えなくなったころ、俺の隣でしゃがみ込んでいる杜屋にかけた曲光を解く。
「どしたん、逃げ回って」
そう聞けば、顔を上げてこちらを見た。どうやら、話すつもりはあるらしい。深紫の双眸がちらり、と惣右介の方を見たので、手を振って部屋から追い出した。
しゃがむ杜屋に合わせてこちらは畳に座る。杜屋はもご、と口が動くものの言葉が見つからないらしく、それからしばらく待ってやる。ようやく言葉が出たと思えば、
「せ、先日から…追い回されているんです…!」
犯罪のかほり漂う事案が告げられた。
「何があったん…喜多呼ぶか?」
「いえ………とりあえず、平子隊長、聞いてもらえますか」
かなり焦っているように見えるが、理性はまだ飛んでいないらしい。ぽつぽつと、順を追って説明し始めた。
浦原隊長とご飯に行って、失礼な態度をとってしまって、避けてたらこちらを追いかけるようになっちゃって。
話を聞けば、詳細は分からないものの、とりあえず喜助から逃げていることだけは分かった。あと、喜助が追いかけてくることか。
「ほーん…で、何で逃げとるんや?嫌なら嫌言えばええし、嫌やないなら逃げる必要ないやろ」
「………嫌かどうかも、判断がつかなくて」
「あー…」
まあしゃーないやろな、と平子は思う。彼女にはところどころ、男性恐怖症と思しき内容が散見される。喜多から『下心ある男性がダメ』という話は前に聞いたが、どうやら男性自体がダメなようだ。
杜屋由布子という女の見た目を構成するものは、白い肌、深紫の瞳、石榴の唇と造形整う顔に、艶やかな栗色の髪、均整のとれた体つき。無表情ではあるが、それを含めても彼女を作る全てが人目を引く。どれもこれも一級品。
魅力ある見た目で落ちる男は多い。女だって目を離せない美しさがそこにある。良くも悪くも、どのような視線にさらされて生きてきたかは容易に想像がついた。
そして、杜屋由布子という女は恐らく、それを敏感に察知できる女だ。それが本人にとって嬉しい内容ではないことが彼女の不運か。
だが、どうして『嫌かどうかも判断がつかない』状態になるのかよく分からない。普通ならこの状況は喜助を嫌っての行動だと思うが、彼女の様子は嫌悪というよりも困惑なのだ。そこをそうさせる要素がどういうものなのか判断がつかないため、しかし聞いていいとも思えないため、とりあえず直近の問題を問う。
「そんな状態で、何で俺に話できるんや。俺も男やぞ」
「平子隊長は、私に対して遠慮も下心も無いじゃないですか。それにあなたは喜多の方が好き、」
「待て待て待て!それ以上言うな!ってか何でそうなる!」
「……ごめんなさい、カマを掛けました…」
「………………」
こいつ、実は喜助に似とるんとちゃうか。
「でも、喜多は鈍感だから、もう少しぐいぐい行かないと」
「追い出すでホンマ」
「ごめんなさい」
俺が杜屋のことを全くそういう目で見たことないことを評価されての現状もとい、杜屋から男性認定されていない現実を知った。いや、男性とは思われているが、そういう男性とは思われていない…なんやねん、ややこいなホンマ。
ったくなんや、喜助のことスキやないか。キライや思ってたんに。
「アッ、杜屋サーン!」
「ひっ…!し、失礼します!」
ガチトーンの悲鳴を聞いた気がするが、それでも嫌だと言わない辺り、杜屋にとって喜助は複雑な立ち位置にあるということだ。それは喜多の兄だからかもしれないし、気を許せるところがあるからかもしれないし、全く分からないが。
「あーもーホンマ、皆めんどいわ」
「終わりましたか?」
顔を出してきた惣右介に茶と菓子を要求する。とにかく茶はうんと苦いのにしてくれ。