「んーーー、ミヤビちゃーん」


ついさっきまでキッチンで今日の夕飯の準備をしていたかと思ったファイが、ソファーでごろごろしていたわたしの上にふざけて転がってきた。


「なーーにーー。重いよー」


いくら細っこいファイといえども、上に乗っかられたら重い。

それを自分自身、体をごろりと反転させることで下にファイを落とす。


「落とすなんてー」

「だって。重いんだもーん」


それに、よくよく見たら手に小麦粉ついたままじゃん。

そう指摘すると、「あ、本当だ」と言いながら身を翻してキッチンの方へと戻っていく。

水が流れる音がして、やんで、しばらくするとぴかぴかになった手のひらを挙げながらわたしのところに戻ってきて、寝転がるのをやめて左側に彼の座る間を開けておいたそこにすとんと座った。


「料理、大丈夫?」

「うん。今はね、オーブンで焼いてる最中」

「パン?」

「ピンポーン♪ポタージュも作ったよ」

「やったぁ。ファイのパン、わたし大好きなんだ」


というか、ファイの作るごはんは全般的に美味しいの。

毎日、ごはんの時間が一番楽しみなんだから。

顔を綻ばせて言えば、彼も笑顔をわたしに向けて応えてくれる。


「ミヤビちゃーん」

「なーぁーに」

「えへー」

「うふー」


名前を呼ばれ、調子を合わせて返事する。

そうすれば、気の抜けるような声で笑いかけられて、そんなときは特に意味もない呼びかけだったのだと理解してわたしも笑いかける。

そこまでは何ら変わりない、他愛ない会話の断片だったのだけれど、そこから、彼の蒼い目が開かれて、その透き通るように綺麗な双眼がわたしを見つめた。


「?」


意味深なそれに、首を傾げて声なき問いかけをする。


「ミヤビちゃんはどうかなー」

「うん?」

「もし、の話だよ?」

「うん」


ファイには珍しく話の前置きが長いなと不審に思い始める。





"他に好きなコができたんだ"

"もう終わりにしよう"

"君のこと、もう愛せない"

"言いにくいんだけど……"

"実はもう長くないんだ…"







「いやーーー!!!そんなこと言われたら!」

「ミヤビちゃん、心の声、だだ漏れだよ」


苦笑するファイに気づかされ、口をつぐんで下を向いた。すっごく恥ずかしい。


「そんな話じゃないから安心してー」

「よかった」


心底ホッとして胸を撫で下ろし、「で、何?」と調子よく尋ねた。


「もし、君がサクラちゃんみたいに記憶をなくして、オレとの関係性を失ったら」

「!」

「やっぱりオレ達は赤の他人同然になっちゃうのかなー、って」


いや。

そんなのいや。

断じてそんなことない。

わたしがファイを忘れるなんて。

わたし達が他人になってしまうなんて。

そんなの…。


「絶対、大丈夫だよ」

「どうしてそんなに自信があるのー?」

「だって、考えてみて」


今度はファイが首を傾げた。


「ファイが記憶をなくして、わたしとの関係性がとられてしまったら、て」


すると彼は形のいい唇を綺麗に歪ませて、くすりと笑う。


「大丈夫だねぇ」

「でしょー?」


それにね、と。

彼の手をとりあげ、その甲にチュッとキスをおとす。


「もしそうなったとしても、ファイがキスしてくれたらいいの」

「そういうものー?」

「そういうもの」







そういうもの。

これだけは、不変なもの。

これだけは、確かだから。



(了)

 


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