「知世!!」
姫様をまた呼び捨てに!
そう言いながら、黒鋼をたしなめるために振り向いた蘇摩の目が見開かれた。
「雅!一体これは…!!」
蘇摩が見たのは、返り血にまみれた黒鋼に抱えられた血みどろの雅だった。
もう息をしているのかしていないのか分からないほどに呼吸も弱々しくなり、目も閉じたまま、ただ見ただけでは分からないが相当の深手を負っているのだろう、顔は真っ青で貧血に陥っていた。
「早く知世を呼べ!!」
「い、今すぐ!」
抱いている黒鋼には分かる。
雅の鼓動がだんだん弱くなり、少なくなっていっている。
彼女は、今、死んでいこうとしている。
「ちくしょう…」
自らを責め歯を食い縛りながら、力なく身を委ねている雅へと目をやった。
「俺のせいだ……」
「黒鋼」
知世はあっという間にやってきた。
足早に黒鋼に抱えられる雅を覗き込んで、顔色は変えずに、ただ「ここに寝かせなさい」と床に自分の羽織を敷いて指示する。
「知世、雅は…」
「……」
「助かる、だろ?」
味気ない時間が流れていく。
知世は、黒鋼の問いには何も答えない。
雅の、肩から胸にかけて走る大きな傷を目を細めて見ながら発した言葉は、黒鋼ではなく蘇摩へのものだった。
「蘇摩、包帯と雅の着替えを」
「……姫様、そんな…」
「蘇摩」
「………はっ」
短いやり取り。
黒鋼は、その断片すらも理解できなかった。
いや、したくなかった、のほうが正しいだろうか。
同時に許せなくなって、声を張り上げる。
「知世、治療しねぇのか!?」
「…」
「このままだったら、雅が死ぬ!」
「……」
「何か言え!!手ぇ動かせ、雅を助けてくれよ!」
「黒鋼」
横たわる雅を挟んで向かい合う、あくまでも落ち着いて見える知世と狼狽する黒鋼の目が合った。
威厳を含んだ知世の目を見た黒鋼は一瞬押し黙り、その視線から感じ取ったものがあったのか、眉間に寄せられていた眉が悲しく歪み、目は不信感に見開かれた。
「雅は、死ぬのです」
「あなたの未熟さゆえに、死んでゆくのです」
彼女の重い一言が、黒鋼の胸に深く突き刺さる。
その刹那、微かに雅が大きく息を吸い込んだ。
人が死ぬ瞬間。
最期の呼吸。
膨らんだ胸部が元に戻ると、それきり、雅は動かなくなった。
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