「おはようー。…あれ」


ある国での、いつもと何ら変わらない朝。

寝癖で跳ねる髪の感触に指を遊ばせながら皆がいるであろうリビングに顔を出すと、黒鋼がただ一人、テレビを食い入るように見ていた。


「おはよ、黒鋼。皆は?」

「…」


そんなに珍しいのだろうか。

テレビの中の物や人が動くたびに感嘆の声を漏らしては、コンコンと画面を叩いてみたりする。

………中に人が入っているわけではないのだよ、黒鋼くん。


「おはよって」


その初々しいような姿が可愛いなんて思ったりしたが、やっぱり無視されるのは気持ちのいいものではない。

彼のすぐ後ろに立って、耳元に顔を寄せて、わざと大きめの声で言ってやった。

すると、黒鋼はすぐに振り向き、驚いた顔をし、ゆっくりとその顔色を怪訝なものへと変えていった。

そして、耳をほじり始める。

失礼な、と思った私はムッとした顔を作り、「無視しといてそれはないんじゃない?」と軽蔑の目を向ける。

更に彼は眉間に皺を集める。


「何か言ってよ。おはよって言ってるのに」


ようやく、彼が唇を薄く開けた。


「何◎言△○?」

「はあ?」


これが、朝っぱらから留守を任された私達二人のハプニングである。







「何言ってるの」

「△?何◎◆!?」


………

え?


「黒鋼?」

「何◎」


上手く聞き取れない。

聞き取れないというか、何を言っているのかさっぱり分からない。

こんな状況、前にもあったような。


「□●◎△白●○」


何を言っているのか分からないが、とりあえず悪態をつく黒鋼。

彼は今の状況が掴めたようだ。

私は未だに記憶を探り、それらしきことを思い出そうと必死である。

うーんと、うーんと…

あ。


「モコナだ」


かつての阪神共和国でもこんなことになったような。

ていうことは、私が言ってる言葉も黒鋼には全く伝わっていないっていうことか?

モコナという名詞は伝わったようで、頷く黒鋼に今仮定したことは確定された。

小狼達、相当遠くまで聞き込みに行っているんだ。

……家に残された私達のことなど考えずに。


「ど、どーしよ」


頭を抱え、黒鋼の座っていたソファの隣に力が抜けるように座り込む。

また黒鋼が何か言っているけど、残念、何も理解できないんだってば。

筆談ができたらいいけど、あいにく私達はお互いの元いた国の文字なんか知らない。


「…」


黙り込むしかない私達。

テレビから聞こえる、これもまた意味不明な言葉が行き交うガヤガヤとした雑音が耳を不快にさせた。

モコナが帰ってくるまでの辛抱。

そうだ、そう思え。


「雅」

「ん」


唯一の救いは、名前だけはちゃんと伝わること。

めったにない黒鋼からのお呼び、私はこんな状況ながらも何だか嬉しくなって綻んだ顔を彼に向ける。


「○◆◎◎▼」

「…」


肩を落とす。

さっきからしばらく経ってるはずなのにな。まだ通じない。


「遅いなぁ」

「遅◇●」


やかましいテレビを消して、ソファの背もたれにもたれる。

黒鋼はマガニャンに目を通し始め、孤独になってしまったように感じてしまう。


「……いや」


ここはポジティブウーマンの私が、この逆境を乗り越える策を考えねば!


「んーーー」


頭を抱え、悩む。

二人きり。

何も通じない。

恐らくモコナ達はまだ帰ってはこない。

もしかしたら言葉通じる範囲まで帰ってくるかもしれないけど、まだない気がする。


「こ、これは」


ちらり、黒鋼のほうを見た。

これでも一応好きあっている、ような気がする私達。

いや、彼がどう思っていようがいまいが、私は彼のことが好きなのだ。


「く、黒鋼」

「何△」


今しかない!

むしろ今言うべきだ。

だって今なら何も分からないもん。

言うだけいいたい。

いつも言おうと思って、結局言えずじまいだったから。

言ったってどうせ意味不明な言葉にしか聞こえないのだから、恥ずかしさも何も気にしなくていい。


「あの」


「あの………」


「…」


「好き」


顔が見れなくて、体育座りをした膝に顔を埋める。

伝わってはいないと分かっていても、気持ちを伝えるのはやっぱり恥ずかしいもの。



で、あまりにも静かなものだから顔を上げた。

まず横目でちらりと黒鋼を見て、元に戻して、そしてハッとしてもう一度黒鋼を見る。


「……え?」



何で彼を二度見したかって?

それは彼の顔が


「な、何で赤いの」


とてつもなく嫌な予感がした。

林檎みたく耳まで赤くなった彼に、ただ事ではないものを感じ取った。

もちろん、私にとってのただ事ではないものだ。


「まさか」

「…今の、俺に言ったのか」


!!!!!!


「今の、とは」


いやいやいや何聞き返してるの私!

駄目!言わないで!言わなくていいっ!!


「………い、言えるかッ」


さらに顔を紅潮させてそっぽを向いてしまった黒鋼。

爆発して消えてしまいたい思いでいっぱいの私。





だけどその日の夜に「朝のは本気か?」と部屋まで訪ねてきてくれた彼に、またときめいた。

もう、ラブ・ストーリーは始まっているのかな。



(了)

 


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