風邪薬と酒「お邪魔しまーす…」
目が覗けるくらいまで開けたドアから部屋の様子を窺う。
「…あ、本当だ」
「あ゛!?」
ファイの言った通り、そこにはだるそうに毛布にくるまる弱りきった黒鋼の姿が。
「本当に風邪引いたの?黒鋼が?」
「からかいに来たんなら帰れ」
うん、こりゃ重症だ。
言葉に覇気がない。
「風邪薬を飲ませるっていう重要な使命があるので帰りませんー」
「薬だと!?」
「え?うん。この国の風邪薬。パ●ロンっていうやつ」
黒鋼の横になるベッドの端に腰かけながら、水の波波入ったコップと薬の小袋を彼に見せた。
「いらん」
「何で!長引くよ!?」
「ンな変なもん体ん中に入れれっか。気合いで治す」
しかし、「水は飲む」と私の手からコップを奪い取り、起き上がってごくごくと飲み干す。
そこで私はあることに気がついて、ちょいちょいと黒鋼に手招きし、顔を寄せてきた彼の額に自分の額をくっつけた。
「な、何だいきなりっ」
「ちょっと、熱ないかどうか調べてんの!動かないで」
「熱なんかねぇ!ガキじゃあるまいし」
そんなことを言いつつも、さすが男の中の男。
嫌だとしても女を突き飛ばすなんてことはしない。
「んー」と私は唸りながら、ゆっくりと顔を離す。
「やっぱり飲もうか、パ●ロン。熱あるよ」
「ほい」、と薬の小袋をまず渡し、「水入れてくるから待ってて」と立ち上がり扉に手をかける。
「おい」
「?」
「薬は本当にいらねぇ。むしろ酒が飲みたい。飲めば治る」
「あはは、そんな馬鹿な話―――――」
――――あり得る。
こいつは無類の酒好き。
ザルだ。
もはやワクに分類されるのではないかというほど。
一ヶ月前、酒の強さには自分でももちろん周りからも評判だった私が飲み比べで負けたほどに。
「うん。じゃあお酒持ってくる」
「………」
「あれ?黒鋼さん?」
飲み始めて30分。
この男にしては珍しくまだ一本しか空けていない。
しかも、この異様な無口加減は。
「もしかして、酔ってる?」
「………雅」
「ん?…っぎゃ」
慌てて口を押さえた。
何て声出してるんだ。
女の子らしさの欠片もない!
ていうかこの体勢何?
天井と黒鋼の顔が真正面に見える。
背中には柔らかい衝撃。
「腕、邪魔だ」
「は!?」
嫌だ、この男カンペキ酔ってる!
顔真っ赤だし、息も酒臭い!!
その上、彼が邪魔だと言っている腕とはさっき女の子らしからぬ声をあげたときに口を覆った腕のこと、つまりは。
「な、何でっ」
「何でもくそもあるか。キスできねぇだろが」
「いいっ!いらない!しなくていい!」
ぶんぶん首を振り、酔っ払いお断りという意思を込めて顔の上で腕を交差させバッテンを作った。
「どけねぇならどかすぞ」
「うぐぐぐぐ…っ」
腕を捕まれ、引っ張られる。
必死の抵抗を試みたが、珍しく酔った彼に手加減はなく、いとも簡単に引っ剥がされてしまった。
「やーーーめーーーてーーーー無理ーーーーぃぃぃ…」
いよいよ顔が近づいてきてしまう。
あと、10cm。
9cm。
7cm。
鼻先が触れる。
息の生ぬるさが伝わる。
あと3cm!
もう駄目だと覚悟を決め、目をぎゅっとつむった。
が、しかし。
「…?うおっ」
薄目を開けると、そこには一時停止状態の黒鋼が。
そのままスローモーションに倒れこんでくる。
それを、また女の子らしからぬ声をあげて受け止める私。
「ね、寝てる」
私がどんな思いをして腹をくくったと思ってんだお前!
ここまできて寝るのはないだろ!
グーグー言ってるし。
重たいし。
「………」
納得いかない。
「んしょ」
黒鋼の下からやっとこさ抜け出し、布団をかけて一息。
そのまま止まり、彼の寝顔を見つめた。
「ずるいよな、これは」
びっくりこそしたけど、ちょっと、ほんのちょっとだけ期待した。
今なら寝てる。
爆睡。
今なら…
ちゅっとね。
軽ーく、本当に一瞬だけ口にチューをして、起きないうちにと飲みかけだった一升瓶を持ち部屋から退散する。
あれでおあいこってもんだろう。
だってあっちは、期待させといて裏切ったんだから。
そして翌日、考える。
なぜ、いつもは無敵なほど酒に強く、酔ったとこすら見たことなかった黒鋼があれほど酔ったのか?
それはずばり、風邪を引いたから。
熱を出して弱っていたからだ。
「え?治っちゃったの?」
「だから言っただろ。酒で治るって」
「いや、言ったけど…」
次こそは最初から素直になろうって思ってたのに。
「今度から、いつでも風邪引いていいからね」
「あ?」
「こっちの話ー」
(了)
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