愛しすぎて、届かない。

大切な人。

この胸ん中にあるもやは一体何だ?

手を伸ばすけど…







「黒鋼」


うつらうつらしていた頭の中に声が響く。
あいつの声だ。


「おはよう」

「ああ」


布団から起き上がって、まだ少しぼやけてる頭を覚ます目的でわしわしと頭を掻く。

そんで最後に大あくびをして、ようやくさっぱりと目を開けると、思ったよりも近い距離に雅はいた。


「?どうしたの」


気にしなくていいから、それ以上寄るな。


「…黒鋼って、やっぱり私のこと嫌い?」

「!ち、違………」

「いつも私から離れようとする」


それはだって、お前の傍にいると、どうしていいのか分からなくなるから。

大体ここは俺の部屋だ。男の部屋だ。

密室だ。

無防備にすり寄ってくるお前をどうにかすることはいとも容易く、だが傷つけたくないという理性が働いて無意識的に自分から距離を置こうとするだけ。

誤解だ。

これは、お前を嫌ってのことではなくて、愛しすぎるから、お前のことを思ってやってることなんだ。


「……なんてね。冗談」


冗談なんかじゃないくせに。


「朝ごはん、できたんだよ。ファイと早起きして二人で作ったの」


ズキッ

どうしてそう、あのへらいののことになると異様に嬉しそうなんだ。

早起きして二人で?

俺に見せることのない笑顔を見せてんのか?

あの、へらいのに。

俺には作り笑いしか見せないのは何でだ?

俺はお前を嫌いなんじゃない。


「ね。先、降りてるから」


俺に背中を向けて、去ろうとする。

細い腕。

嫌いなんじゃないってことを分かってほしくて、思い知らせたくて、二人きりの空間ってことに多少なりとも下心を露にして、その細い腕に手を伸ばして、やめた。


「冷めないうちに降りてきてね」


最後、振り向いてまた作り笑顔を浮かべた雅は念を押すように言ってきた。

中途半端に伸びた手のまま、ばたんと虚しく閉じる扉。

瞬間、とてつもなく自分を卑下したくなった。

俺は今、あいつに何をしようとしていた?

腕を掴んで、どうするつもりだった?

ただ引き留めるだけ?

違う、俺はあいつの腕を掴んで、引いて、勢いのままに押し倒し、襲うつもりだった。

ベッドに。

そして伝えようとしてた。

そんな歪んだ形で、愛してるということを。


「はっ…」


とんだ狼だ。

嘲笑しか出てこない。

無論、自分への





「あははは、やだなぁ、雅ちゃんってばー」

「えー。何で私?」


目の前で繰り広げられるきゃいきゃいした会話。

ムカつきながらも、内容はよく聞いていなかった。

さっきのことが、そしてその罪悪感が、まだ残っていたからだ。


「ね、黒鋼はどう思う?」

「何がだよっ!!」

「……っ」


やべぇ。

やっちまった。


「わ、悪ィ。今のは…」


もう何言ったって遅ェよ。

雅は俯いて、スプーンを置いてしまった。

さっきまで、すごい楽しそうに嬉しそうに食ってたのに。

へらいのと喋ってる間は。


「雅ちゃん!」


席を立って部屋に戻っていってしまった雅を何の遠慮もなく追いかけて部屋に入っていくへらいの。

ああ、届かねぇな。


「……ごちそうさん」





愛しすぎて、届かない。

更にあいつは遠くなってしまった。



(了)

 


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