端から見れば、それは奇妙な光景だったろう。

三途の川のそのほとり、男と女が肩を並べて他愛もないことを語らっている。

それはこれまでの人生のことだったり、自分で築き上げた誰にも譲れない倫理であったり、過去の心の傷であったり痛みだったりする。

時には世間話が入ったり、突拍子もなく寄り添ってみたり、手比べをしてみたり。

大事なことは全部後回しにして、それまでの距離を埋めるかのようにただ語り合った。

この時だけは、黒鋼もたくさん声を聞かせてくれた。


「いつまでここにいる?」

「おめぇの気が休まるまで」


その言葉に彼を仰げば、意地悪な笑みを浮かべて、しかしその内面には切なさを秘めて私を見つめ返してくる。


「って言いたいとこだが、あと三十分もねぇな」


別れの刻限が、忍び寄る足音を大きくした。

唇が、乾く。

言うべきだろうか、言ったところでどうするつもりだろうか。

彼には私の気持ちに嘯くことも、しかし応えることすらできないというのに。

できることならば連れていきたいと思う今の私は、醜く、ずるい生き物だ。


「黒が…」

「言えよ」


紅い目が私を見据える。


「何だって受け止めてやる」


そんなこと、言わないでよ。

そうやって優しく抱き締めないでよ。


「好きだった…」


やっと絞り出した言葉。

受け流してくれたって構わないのに。

取りこぼさないようにきつく私を抱き締めてくれるあなたが、どうしようもないほど、他に言いようもないほど好きだ。


「冥土の土産に持っていけ」

「………?」

「…俺も、同じ気持ちだ」


川が光る。

別れの時を指し示しているのか、向こう岸までの粗末な橋が架けられていった。

一人がやっと渡れるほどの狭い橋。

一人がやっと乗れるくらいの古い橋。


「もう、行かなくちゃね。黒鋼」

「………ああ。そろそろだな」


立ち上がって、真正面から向き合い、力強く手を握り締めあって見つめあえば、自然と笑みがこぼれてくる。


「私の分まで、知世姫を守ってくれる?」

「当たり前だ」

「自分を、責めちゃいけないよ」

「…おう」

「全然、私、痛くなかったから。苦しくもなかったよ。本当だよ」


ぽろぽろ、涙がこぼれていった。


「か、悲しくないよ。寂しくもないよ。全部全部、持っていくから。思い出も何もかも、持っていくから」


「ずっと、見てるから」


絡めていた指が離れていく刹那を噛み締める。


「………上等だ」


完全にそれらが離れたとき、名残惜しくも身を翻して橋に足をかけた。





「うん。……じゃあ、さよなら」

「ああ。じゃあな」


光の向こうを、雅が歩いていく。

一際眩しい光が彼女を包んだと思ったら、次に失せた瞬間、雅の姿はもうなかった。

俺も、帰らなければ。





「もしかしたら黒鋼は、このまま帰ってこないつもりでは」


約束の一時間まであと三分足らず、未だに魂の戻らない容れ物の傍らで蘇摩は焦りの声をあげた。


「………いえ」


瞑想をするように目を閉じていた知世が、ふと目を開けた。

雅の亡骸と隣り合わせに横たわる黒鋼の体が光を帯び始めた。


「お帰りなさいませ、黒鋼」


一気に表情に生気が戻り、紅い目を開いた黒鋼は知世と蘇摩、そして傍らで永遠の眠りについた雅を見やる。


「知世姫」

「?何でしょう」

「雅が、"私の分まで姫を守れ"ってよ」


だから。


「俺ぁ強くなるぜ。もっと」


もっと。

今までよりもさらに強く、それを望んでいる。





*********





「刃物はな、相手を選ばねぇ。使い手が未熟ならその未熟な切っ先のまま斬る必要がないものまで斬っちまう」


小僧の緋炎とかいう刀を取り上げて、縄で鍔と鞘を固定させながらいつしか学んだことを呟く。


「例えば己自身。例えば…、守るべきもの」


「おまえが斬るべきもののみを斬れるようになるまで、それは解くな」

「はい」


何の因果か、俺が誰かに剣を教えることになろうとは。

こんなとき決まって頭に思い浮かぶのは、満足そうに微笑む雅の笑顔だ。

もう、ずいぶんと長い年月を会っていないのに、あいつは褪せずに俺の記憶の中に生きている。


「さて、始めるか」


「こいつを抜くためにすべきことを」





見てるか、雅。


(了)

 


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