いざよふ

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今時の若者にしては丈が長い、昔ながらの着物を纏った飾り気の無い娘が一人。
その着物の袖や裾には控え目に藤の花が描かれ、純朴な彼女に良く似合った。

「いらっしゃいませ」
「梅こぶ茶と団子を一つ」
「はぁい」

娘の注文に可愛らしい声で返事をした甘味処の看板娘が、奥へ引っ込んだ。
表に出された古い長椅子に腰掛けると、小さく息を吐く。呼吸がし難いと感じるのは、帯を強く締めすぎたせいだ。
慣れない事はするもんじゃない。

運ばれてきた団子に手を伸ばすと、不意に隣に気配を感じて娘が顔を上げた。
そこには武装警察と称する集団の、幹部服を着た男が立っていた。
人を威圧する漆黒。色素の薄い肌や髪。
眼鏡の奥にある翡翠の双眸は、瞳孔が開いて見えた。
その特徴はそのまま一番隊隊長のようであったし、鬼の副長のようでもあった。
然しその二人では有り得ない事も、娘は知っている。

伸ばしかけた手を引き、ぱちりと瞬く。
何か、と問うと、隣に座っても構わないかと聞いてきた。断る理由も無く、娘は頷くしかない。

「その着物、」
「はい」「君に良く似合っている」
「はい、ありがとうございます」

顔に似合わず随分甘ったるい声だと思った。
その面に浮かぶ柔らかな微笑も、恐らくは女を口説く為のものなのだろう。

「ただ、紅が少し赤過ぎるね」
「私に似合いませんか?」
「否。もう少し淡い色の方が僕好みだというだけさ」

口唇に触れるか触れないかの位置で、白い指先が彷徨う。
ぐ、と。娘が喉奥で小さく呻いた。
噛み付きたい衝動を抑る為、見据えるように上目で睨む事しか出来ない。
娘は既に真選組監察の顔になっていた。色素の薄い男が微笑う。

「あぁ、いつもの貌だ」
「邪魔しに来たんですか、アンタ」
「好みの娘に声を掛ける事がそんなに可笑しいかな」
「だったら最後までその娘と話しゃ良いだろ」

到頭、素の声が出た。
くつくつと小さく肩を揺らしながら、伊東は伝票を手に席を立つ。

「十分愉しませて貰った礼に、此処は奢ろう。精々ゆっくり寛ぎたまえ」

勝ち誇ったように言い放つその後ろ姿を恨めしく眺めながら、山崎は大きく息を吐いた。

「……寛げるかよ」

ボソリと呟いて団子に手を伸ばす。口に含んだそれはとうに固くなっていたし、茶も既に湯気がない。
固い団子を咀嚼しながら、山崎は甘味処の正面にある呉服屋を見た。
報告に依ればあと半刻もしない内に攘夷を掲げる男達が密談に来るだろう。

それまでに、真選組監察の顔は捨てなければならない。
頭ではそう思うものの、ただぼんやりと、今回の任務は失敗するのだろうと思った。

「殴られるだけで済めば良いんだけど」

そう言って娘は物憂げに、本日何度目かの溜息を吐いた。





(101015)









最後から二番目の虚構』の此ノ糸さんのキリ番を踏ませてもらいました。山伊!山伊!
受けを口説く攻めとかどっちも可愛いです。嫌がらせなのか本当に褒めてるのか怪しいところが伊東らしくて素敵です。嫌がる山崎も最高です。
ありがとうございました!
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