高杉の様子が可笑しい。 最初にそう気付いたのは、日々高杉に腰巾着のように付きまとっているまた子だった。 「たまに何かこう、ぞわっとするような咳をするんス」 「風邪ではないのか?」 「風邪にしては長引きすぎというか…よく分からないけど何か可笑しいっス」 また子とこの会話を交した数日後、万斉は念のためと懇意の医者を呼んだが、高杉はがんとして診察を拒んだ。曰く、俺の体はどこも悪くねぇと。その徹底的な拒否が平素の高杉らしくなく、逆に疑念が湧く。晋助は何か隠しているのではなかろうか。かといって、問い詰めて彼の機嫌を損なうのも面倒なので、万斉はそのまま暫く様子を見ることにした。いずれ然るべき時が来れば話してくれるであろう、と微かな胸騒ぎに蓋をして。 そのまま別段これといった事件も起こらず、高杉が咳をする現場にも遭遇せず、数ヶ月の時が流れた。 鬼兵隊はここ数週間、春雨と共に幕府転覆のためのある計画を練っていた。鬼兵隊だけならば多少難のある計画であったが、春雨の援助があれば出来ない計画ではない。 この日も春雨の担当の者と会議を行っていた。会議が終わり、春雨の者が帰ってすぐの事だった。高杉が突然手で口を覆い、激しく咳き込み始めたのである。ほとんど息をすることもままならぬその様子に、その場に居た万斉と武市は慌てて例の医者を呼んだ。 診察の結果は労咳だった。 不治の病。万斉と武市の脳裏にその言葉が思い浮かんだ。天人がもたらした文明の溢れるこの現代でとて、それは同じ事。 「もう、いつ喀血しても可笑しくありません」 静かな医者の声と、布団に横たわった青白い顔の高杉の姿が、妙にその言葉に現実味を与えた。 「だろうとは思ってたよ、随分前から」 「晋助…」 「万斉、武市、この事は誰にも言うな。来島にもだ。アイツにゃァ風邪をこじらせたとでも言っておけ」 「しかし、」 「この情報が春雨にでも漏れてみろ。どうなるか、なんて目に見えてらァ」 「…分かったでござる」 結局また子には真実を告げず、ただの風邪であると伝えられた。また子も医者がそう言うのであればそうなのだろうと、ほっとした顔付きであった。 その夜、万斉は高杉の部屋を訪ねた。高杉は窓の縁に腰掛け、白々と輝く十六夜の月を眺めていた。 「晋助、」 緩慢な動作で振り向いた高杉は、そのまま夜に溶け込んでしまいそうだった。 「なァ、万斉。俺ァこの世界と心中する」 高杉の隻眼が闇に浮かび上がる様にギラついた。身体は消えてしまいそうなのに、眼だけは好戦的に生を主張している。 「良い音色でござる」 万斉は目を閉じた。これが、数ヶ月の時間を掛けて高杉が出した答えなのだろう。その短い寿命を悟った高杉の最後の足掻きなのだろう。万斉は高杉の魂の音色にそう感じた。 「ノってくれるだろう?」 だとすれば、高杉の部下である万斉達はそれに付き従うまでの事。 「勿論」 「…盛大な祭にしてやらァ」 高杉はニヤリと口角を吊り上げた。 十六夜の月に雲がかかり、高杉の姿が闇に沈んだ。 椿 が 嗤 う 『日照雨通り247番地』のライカさんから頂きました。これは私が労咳高杉を好きと知っての所業ですか!残りの命が短いからこそ自分の生きる道を改めて決意する高杉がかっこよすぎます! 世界と心中とか周りの反応とか、特に万斉がそれでも着いて行く所が素敵です。 ありがとうございました! ×
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