殺してくれと男は言った。もう疲れたのだと疲弊しきった横顔で、虚ろな眼差しを血溜まりの戦場に向けながら。光の反射で乾いた涙の痕が頬にうっすらと見て取れた。どうしてこうも人間は生きる事さえもままならぬのだろうか。皮肉にも死にたがるその男は今日(こんにち)まで生き延びて居た。誰が殺してやるものか。今日此処にあるその命は昨日死ぬ程生きたかった誰かの明日なのだと云う事を忘れるな。 所詮は死んだ事のない生きている者の戯れ言だ。赦さない。引き摺ってでも連れて帰るぞ。 「なあ、白夜叉。俺もアンタも死に損ないに違いねえが、生きる必要はあるのかい」 「生きてりゃどうとでもなんだろ」 「そんな事が聞きたいんじゃねえ、もっと、確かな事さ」 男の減らず口は背負って歩いている内も止む事なく降り続ける。そんな事知る筈もないだろう、誰が知り得ると言うんだ。確かな事程不確かな事など無いだろう。お前は何の為に刀を振るっていたのか思い出せ。 「白夜叉、アンタに明日はくれてやる」 男は自害した。最期まで俺を人の名前で呼ばなかった癖に、明日を生きる蜘蛛の糸を押し付けて来やがった。果たしてこれを登った先は地獄か、それとも。 広がる世界は何処までも遠く終わりは無い。お前の中で戦争が起きていると言うのに。お前の中で生まれ息絶えて逝く命があると言うのに。どうして赤の他人のような表情でただ俺達を見殺しにして行くんだ。お前なんぞの為に戦って死んでやる程、俺の命は安くないぞ。 「くそったれ」 これの墓も俺の体も所詮世界の腹の中。 |