いざよふ

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羅宇は月を詠む  (銀月)


吉原では夜に花が開く。
ネオンと嬌声、男の欲望と一夜限りの夢を売る女達。
とはいえ、銀髪の侍とその連れが吉原に太陽を呼び込んだお陰で、色街の妖しい夜でも月は拝める様になった。
艶かしく輝くネオンと明るい月が今の吉原の夜である。
江戸きっての色街で、増えていくソープが軒を連ねる中でも、古い慣習やしきたりというのは中々拭いきれないらしい。
煌びやかな着物に身を包み高らかに伊達兵庫を結った花魁が、禿を引き連れて誇らしげに通りを練り歩く。
花魁になるにはそれ相応の努力というものが必要で、蕾から見事に開花した努力を捨てるのは花魁といえども難しいのかもしれない。
日輪が営む茶屋の二階から花魁道中を眺めながら、月詠は煙草から唇をはずし淡い紫煙を吐いた。

「どうにも紙巻は不味い」

吉原に太陽を呼び込む騒動で月詠の煙管は行方不明になり、しかたなしに彼女は紙巻煙草を吸い始めた。
でも、これが美味くない。
慣れも必要なのだろうが、フィルターから吸い込む煙はスカスカの空気の味で侘しい。

「あの花魁もわっちも同じことか……」

遠く離れていく花魁道中を細目でやりすごし、月詠は溜息をつく。
風が鏡台の上にある煙管のパンフレットのページをめくっていく。
格子のついた窓から誰にも支配されていない吉原を眺め、月詠は思案にふける。
望んだ事をした。良い事をした。日輪を護った。
けれど、あの花魁は今の吉原に満足しているだろうか。
自分を納得させるだけの答がない不安を払拭するかの様に月詠は煙草をくわえる。
見えなくなった花魁道中から逆行して、ネオンに光る銀髪を見て月詠は首を傾げた。
坂田銀時が吉原に現れるのは、色街の太陽を確認するかのように昼間だ。あの眼鏡の少年と明るい髪色の少女も連れず、こんな時間に何をしに来た?
銀髪は躊躇うことなく、月詠がいる建物に向かって来る。
日輪は吉原一帯の会合で店を早くにたたんで、晴太と出かけてしまっている。
頭の疑問符をひとまず置いて、月詠はくわえ煙草で店へと降りた。


「こんな時間に来るとは珍しい」
「お前ね、いらっしゃいませ、とか客に言えないわけ?あ、三色団子と冷やね。ちょっと手間かかってよ、夜になっちまった」
「生憎ツケを重ねる奴をわっちは客とは言いやしんせん」

この男は金がないのが常で、しょうがなしに月詠は注文の品を用意しに奥へと入る。
盆に冷酒と三色団子を乗せて、銀時の隣に彼女は腰かけた。

「冷酒に団子とは、お前の趣味が分からん」
「冷やと団子の組み合わせが分からんなんて、お前ど素人だな」

ど素人と言われ生真面目に考え込む月詠に、銀時は呆れたように笑みを浮かべた。
真面目なのはよろしいが、どうにも真面目過ぎる。どーしたもんかね、と銀時は考え込む。
自分の懐に入った物をわざと忘れて、とっと帰るつもりだったが、この調子では月詠は銀時の”忘れ物”をきちんと万事屋に返しに来るだろう。
月詠には単刀直入でしか通用しない。
それは銀時には難題だ。
話をはぐらかすのも本題を忘れさせるのも、捻くれ者の彼には簡単なこと。けれど、こういった事の率直さというのは、どうにも気恥ずかしい。

「で、何の用じゃ?わざわざ店を開けたんだ。理由を言いなんし」

三色団子をくわえた銀時の咀嚼が止まる。
月詠は煙草に火をつけると不味そうに紫煙を吐くと、大通りの遠くに花魁道中を見つけ彼女の顔は曇った。
「今日はまた道中が多い……」

心なしか沈んだ表情に銀時は、あー……、と一言置いてから頭を掻いた。

「お前さん、なんかあったの?」
「何かあったのはお主だろう。わっちゃ二度手間はすかん」

きりりと糸が張り詰めた視線が銀時を刺す。
うまい切り替えしが思いつかずに、銀時は観念した。
視線を月詠からはずすと、自身の懐から簡単な包装がされた煙管を渡した。

「俺は新品の美恥なんて買えねぇから中古なんだけどさ」

ぼそりと呟く言葉を無視して、月詠はそれを受け取った。
中には確かに雁首と吸口だけが美恥の型落ち煙管。
けれど羅宇は月下美人の蒔絵が施され、どんな高級ブランドの新品より値が張るであろう代物だった。
煙管の装飾は吸口に彫金を施すが、長く使うと交換しなければならない羅宇に装飾はしない。
いわば、特別な存在だけが持てる煙管。

「手頃な羅宇が見つからなくてよ、こんな時間になっちまった」

そっぱを向いて真実なのかツケの言い訳なのかわからない説明をする男は、ぼんやりと遠い花魁道中を眺めた。
月詠は両の手できゅっと煙管を握り、少しだけ高い侍の顔を見つめる。
その瞳は少し、潤んでいたかもしれない。

「お主に聞く。わっちは正しかったか?わっちは変われたか?わっちは……、わっちは……」

言葉を紡げない彼女を見ずに、杯からくいっと酒をあおると、銀時は優しく空に微笑んだ。

「テメェが正しかろうが悪かろうが、お天道さんは出るんだよ。そんで、変わらずに月だって光ってる。名前のとおりに月でも詠めよ。その月下美人みたいによ」

煙管の月下美人が零した涙で凛と咲く。
ネオンが強い色街の夜に、確かに月は輝いていた。


(※)
吸口=煙管の口にくわえる部分
雁首=刻み煙草を詰める火皿がある部品
羅宇=吸口と雁首をつなぐ部品。大抵は竹製




有刺クレマチスのむらさきさんから頂きました。
銀月というリクエストに答えて頂きました。この距離感がたまりません。
空良乃様ありがとうございました。
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