いざよふ

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今も昔も 昔も今も


 その日はずいぶんと暑い日だった。高杉はぶすくれた顔で縁側にひとり涼んでいた。
 普段なら桂なり坂田なりと喧嘩したり、松陽の元で話を聞いてもらったりするのだが、今日は皆がよそよそしい。
 昨日、自分が名家の出であるということがバレた。こっそり家を抜け出して通っていたのだが、それが家のものにバれて連れ戻され、そこからはなし崩しだった。なんとか親を説得して来たというのに、周りの反応はどこか冷たい。
 松陽の塾はどちらかというと寺子屋にも行けぬような者が多い。その中で、ただ松陽が好きだからという理由で通っていることに、以前から若干の罪悪感を抱いていた。
 そして案の定、皆がよそよそしくなってしまった。高杉はいたたまれなくなり、塾を抜け出し河原へと向かった。
 木陰に腰掛け、足を川に浸すと、冷たくて気持ちいい。こうすれば涼しくなるのだと言ったのは銀時だったか。
 桂は、ハンカチを水で濡らして首に乗せるといいと言っていた気がする。松陽は怖い話がいいと言っていた。本当に怖くて鳥肌が止まらなかったのを覚えている。
 不意に、涙がこぼれた。こんなことで今までの全てを失ってしまうのかと思うと悲しかった。「あ、いた! ヅラ、いたぞ!」
「ヅラじゃない桂だ!」
 背後から予想外の声が響き、高杉は慌てて目元を拭った。
「テンメェ、こんなとこで何してんだよ」
「何だっていいだろう。暑かったんだよ」
「ったく、これだからボンボンは。扇風機で我慢しろ扇風機で」
 ボンボンという言葉に少し胸が痛む。それを悟られないように高杉はそっぽを向いた。
「おい、喧嘩している場合か。帰るぞ、2人共」
「帰るって――」
「いいから来い!」
 2人に引きずられるように塾へと戻ると、入り口で松陽が待っていてくれた。
「お帰りなさい。もう準備はできていますよ」
「準備?」
 訳も分からないまま今度は3人に広間に連れて行かれた。
「よし、開けろ」
「は? 何企んでやがるお前ら!」
「大丈夫ですよ。ホラ」
 松陽に腕を掴まれ、一緒に襖を開けた。
 途端、耳に響く破裂音。そこには誕生日おめでとうの垂れ幕と、ご馳走が並べられていた。
「なに――」
 嫌われてしまったのだと思っていた。またひとりになってしまうのではと不安だった。それなのに、何故。頭が着いていかない。「晋助がこの間、誕生日パーティーをしたことがないと言っていたでしょう。だから私たちでパーティーを開こうと、銀時と小太郎が――」
「あああ! 先生、それは内緒の約束だろう!」
「何いってるんです。準備も2人が中心になって――」
「せ、先生! もう始めましょう!」
 真っ赤になって先生を止める2人に、高杉は思わず吹き出した。何も変わらない。そんなことが嬉しくて、必死な2人が可笑しくて、高杉は涙を流して笑った。

そんな夢を見た。


******************


 ずいぶんと懐かしい夢だった。まだ先生が生きていて、桂がいて、銀時がいた。
 体を起こして辺りを見る。どうやらうたた寝をしていたようだ。
「ああ、いたいた。君、こんな所で何してるんだい?」
 顔を上げると同盟相手である神威が笑顔で高杉を見下ろしていた。
「まあそんなことはどうでもいいや。ちょっと来てくれる?」
「なんだ? またなんか企んでんのか」
 こちらも笑顔で応えてやると、まあねと抜かした。ずいぶんとふてぶてしい。
 こいつは此処へ来てから暇つぶしにといろいろやらかしてくれた。最近は万斉とやり合っては連れに止められるのが日課になっているらしい。
「別に僕自身は興味ないんだけどね。ちょっと頼まれたから」
 不審に思いながらも、彼の性格からして裏切るようなことはしないだろう。ややこしいことは引き起こしてくれそうだが。高杉は不敵な笑みを浮かべてその後に着いて行った。
「で、なに企んでやがる」
 道場代わりに使っている大広間へと通され、高杉は少し眉根を潜めた。今から付き合えとでもいうのか。
「まあ、いいからいいから」
 そう言って神威が戸を開けた瞬間。
「お誕生日おめでとうございますッス! 晋助様!」
 また子の声と共にクラッカーがあちらこちらで鳴らされる。見ると鬼兵隊の隊員がほぼ揃っていた。
 予想しなかった出来事に、高杉はしばらく呆けていた。その隣で神威がゲラゲラと笑っている。
「いやぁ、そんな間抜け面の君を拝めるとは思っていなかったよ」
 言われてやっと我に返り、自分の顔を手のひらで覆った。
「晋助、早く座るでござる。みな待ちわびている」
「そうですよ。私が考えた出し物もありま――」
「そうですよ晋助様! 今日の主役は晋助様ッス!」
「ちょっとまた子さん、私の言葉を遮らないで下さい」
 喧嘩を始めたまた子と武市に、高杉は自然と笑みを浮かべ、自分のために用意された席へ腰を下ろした。
「ずいぶんと粋な真似してくれるじゃねェか」
 口々に祝いの言葉を述べる仲間たちに向かって、高杉はいつも通りの尊大な態度で応えた。
 久しぶりに忘れられない誕生日となりそうだ。
《終》


 


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