いざよふ

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※流血表現有り。親就です。




 これで安芸を脅かすものは居なくなる。元就は目の前で倒れ伏す男の腹を蹴飛ばした。男の体が僅かに身じろぐ。
 策は上々。男は見事に罠にハマってくれた。
「愚かだな。西海の鬼」
 髪を掴んで無理やり上を向かすと、苦しそうに呻き声を上げた。元就の顔に冷笑が浮かぶ。
「ハッ、田舎モンがよぉ」
 未だ減らず口を叩く男の顔を殴りつける。鼻の奥が切れたのか鼻血が流れている。口の端からも流血しており、顔中が真っ赤だ。
「まだ口を利く余裕があるとはな」
 なかなか頑丈な男だ。さすがは鬼といった所か。
「本当に、寂しいヤツだな」
 鬼が笑った。
「勝ったってのに誰一人テメーの元に来ねえ。あんたの顔色伺ってビクビクしてやがる」
「黙れ!」
 もう一撃食らわせる。今度は仰向けに吹っ飛んだ。
 それでも鬼は笑うのを止めない。
「寂しいんだろ。お前」
「黙れと言っている!」
 再び采配を振り下ろすと、今度は腕を掴まれた。
「認めちまえよ」
 鬼の囁きが耳をくすぐる。
「ふざけるな!」
 振りほどこうともがくがびくともしない。もう動く気力も無いだろうと油断していたのがまずかった。
「理解してほしいんだろう? 側にいてほしいんだろ? 手に入らねーから要らねーフリなんて、馬鹿馬鹿しいじゃあねェか」
 心がざわめく。無理やり箱をこじ開けられているような気分だ。気持ち悪い。
「居てやろうか?」
 蟲惑的な誘いが内側から元就を掻き乱す。
「理解など、必要ないっ!」
 声が震えたのは怯えからか。
 近づけられた鬼の顔が直視できず、思わず目を逸らした。
「我を理解できるのは我だけでいい!」
 元就はむちゃくちゃに暴れて鬼の腕(かいな)から逃げ出した。今度は鬼も素直にその手を離す。
「アニキ!」
 見計らったように鬼の部下が数人、彼の元へと駆け寄った。ひとりが鬼を抱き起こし、残りが彼を庇うように元就へと立ちはだかる。
 その姿を見て、急に馬鹿馬鹿しい気分になった。たかが兵卒に庇われるような、こんな男に激昂していたのかと。
 元就は凍るような冷笑を浮かべた。
「部下に庇われるなど情けない限りだな」
「……本当に、寂しい奴だな」
 最後の最後まで腹立たしい。
「ここから去ね。ならば命だけは助けてやる」
 男の顔が奇妙に歪んだ。
「1人では動くことすらできぬお前に、何の価値もありはしない」
 背を向けると、部下に庇われながら男が去っていく気配を感じた。
 勝ったのは己だというのに、この敗北感はなんなのだろう。鼓動が早く、頬が熱く感じるのは悔しいからか。
――居てやろうか?
 とても領土を奪い取った者にいう台詞ではない。元就は歯噛みした。
 あの銀髪が、隻眼が、唸るような声が、頭の中から離れない。
 きっと彼はまた来るだろう。今度は鬼の根城を取り戻しに。そう考えただけで胸の奥が疼く。
 それは己を内側から食われる恐怖か、それとも鬼に魅入られたのか。



その感情は恋に似ている



《終》


 

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