いざよふ

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日陰の光

 煉獄関の事件から数日後、近藤が松平と共に呼び出しを受けた。あのあと土方は、今回の事件を「殺し合いを賭の対象にしていたという違法行為を阻止するため」に乗り込んだとする書類を上に提出した。その際、指揮をしたのは土方であること、出張中の近藤の預かり知らぬ所であることを強調した。結局末端しか捕まえられず、大本は特定できなかったことも付け加えている。
 ここまで根回しをしておけば、天導衆自体に危害を加える気がなかったと知れるだろう。それにここで何らかの処罰をや危害が加えられれば、彼ら自身が煉獄関への関与を認めることになる。
 故に不用意に手出しはしてこないだろうとは踏んでいたが、それでも近藤が呼び出しを受けた時は心臓が跳ねた。しかも星座占いでは最下位。「今日死にまーす」という明るい宣告付きだったからタチが悪い。
 だから、近藤がいつものようにお妙に殴られて帰ってきた時は少し安心した。もう日はとっぷり暮れたというのになかなか帰って来なかったのでヒヤリとしていた所だった。
 だが近藤は始めこそ笑顔だったが、土方と沖田の方を向くと珍しく表情を険しくした。
「トシ、総悟、ちょっと話がある。俺の部屋に来い」
 上に何か言われたのだろうか。土方が沖田に視線で尋ねると、沖田は肩をすくめて視線を逸らした。
「なにが言いたいかは分かってるな、総悟、トシ」
 近藤は自室に入るなりさっそく話題を切り出した。
「――……煉獄関のことだろ」
 土方は近藤の前にあぐらをかいて煙草に火をつけた。沖田も面倒だと言わんばかりに胡座をかき、腿に頬杖をついている。
「分かってンなら話は早いな」
 近藤は言うが早いか沖田の頭にその鉄拳を振り下ろした。
「痛っ! いきなり何すんでィ、近藤さん」
 頭を押さえて睨みつける沖田に対し、近藤は険しい顔のままで彼の頭に手をのせた。
「いいか総悟。万事屋の連中は一般人だ。そりゃあ銀時もチャイナ娘も桁外れに強い。新八くんだってそんじょそこらのチンピラなんぞよりよっぽど強い。だがな、一般人を事件に巻き込むのは言語道断!」
 自覚はあったのか、珍しく沖田が罰悪そうに唇を突き出した。反省をしてる気配は皆無だが。
「それからトシ!」
 近藤の視線が沖田からこちらへと移る。土方は唇から煙草を放した。
「煉獄関のこと、いつから知っていた」
 土方の灰を落とす肩がぴくりと揺れる。近藤の怒りの視線と、沖田の冷めた視線が突き刺さる。
「隠しても無駄だ。お前は無計画に隊を引き連れる奴じゃねぇ。煉獄関のこと、前から調べてたんだろ」
 普段は鈍いくせに、こんな所だけ鋭い。土方は深々とため息をついて頭を掻いた。
「半年前だ」
「なんで報告しなかった」
「したら、あんたのことだ。すぐにでも乗り込むってきかねーだろ」
 そこまで言った所で、土方は近藤に襟首を掴まれた。
「真選組のために見逃したってのか」
 いつにない形相で近藤が睨みつけてくる。が、そんなことで折れる土方ではない。負けじと睨み返した。
「相手は天導衆だ。こんな小さな組織なんか簡単に潰され――」
 最後まで言いきる前に、土方の体が吹っ飛んだ。目の前がチカチカする。近藤が土方の体を持ち上げ、壁に向かってぶん投げたのだ。
 寸前に予測はしていたので受け身は取ったが、如何せん近藤の力は強い。すべての衝撃を受けきれなかった挙げ句、どさくさに紛れて沖田が腹に一発入れてきた。さすがに腹が立つ。
「トシ、真選組ってのはなぁ、江戸の平和を守るためにある」
 そんなことは分かっている。しかし。
「消されちまったら元も子もねーだろうが」
 土方は壁に寄りかかりながら腹を押さえた。自然、立ち上がった近藤を見上げる形になる。
「元も子もねーってのはこっちの台詞だ。守るモンを守れんで、何が真選組だ。何が幕臣だ。いいか、こういうのはな」
 近藤は土方の前にしゃがみこむと、子どもみたいな無邪気な顔で笑った。
「バレなきゃいいんだ」
 土方は開いた口が塞がらなかった。まるで子どもの屁理屈だ。けれどもその一言で嫌でも思い知らされた。天導衆という存在に恐怖を覚えていたのだと。
 土方は最初から煉獄関を潰す気だった。腐った実はいずれ落ちると、時期を伺っていた。けれどもそこに攻めの姿勢は全くない。ただ待つだけだった。
 真選組を失なうのを恐れるあまり、一つの結論しか見えなくなっていた。その時点で土方は負けていたのだ。
 煉獄関へと向かう銀時を、万事屋の子どもたちや沖田を見るまで、自分は前に進めなかった。とんだ臆病者だ。
 土方煙草をくわえなおし、薄く笑みを浮かべた。
「殴られて笑うなんて、あんたとんだドMですねィ」
「え、なに? トシってドMだったの? マジで?」
「こいつの冗談真に受けてんじゃねーよ! 誰がドMだ!」
 沖田がドS顔で笑みを浮かべ、近藤が快活に笑う。
 土方は仏頂面のまま煙草に火を点けた。
「次からはもっと俺を頼ってくれよ、お前ら」
 そう言って近藤は土方と沖田を引き寄せた。煙草が近藤の手に触れそうになり慌てて避けると、灰が落ちて畳に焦げ跡を残した。
 これからも土方は近藤に知らせる気はない。沖田もそうだろう。汚い部分は自分たちが引き受ける。人を信じる人間に、人を疑うことを覚えてもらいたくはない。それがたとえ近藤が望まないものでも。これはエゴだ。
 けれども真選組のためにも、彼が局長でいるためにもここだけは譲れない。真選組には近藤が必要なのだ。
「よーし、じゃあこのまま3人で飲みに行くか!」
 まだ書類仕事が残っている。そういうのは容易いが、土方は黙って近藤に引きずられた。沖田も今日は文句を言わない。
「近藤さんの奢りですかィ」
「おぉ、奢りだ。今日は飲むぞー!とっつぁんのせいでえらい目にあったからな」
「あんま飲みすぎんなよ、近藤さん」
 外に出ると月が出ていた。吐き出した紫煙が風に煽られて月へと消えた。


《終》



 

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