いざよふ

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※企画提出






二つ星に約束を


 その日は珍しく非番だった。最近は夏の暑さに頭をやられた連中が多かったのか、ずっと激務続きだったので、本当に久しぶりの非番である。
 前日が遅番だったことと日頃の疲れもあいまって、目が覚めた時は昼を通り越して八つ時になっていた。そのお陰か疲れもとれ、頭もすっきりしていた。起きてからはふらふらと当てもなく歩き回り、馴染みの店で世間話をしたりした。
 夜も更けた頃、腹がへったので適当な店の暖簾をくぐった。そのふらりと寄ってみた呑み屋の料理が思いのほか絶品で、ついつい酒も進み、気づけばずいぶんと酔いも回っていた。
 店を出た土方は、酒の力もあいまって随分と上機嫌だった。それは夜といえど熱気の蒸した空気のせいで滴る汗すら気にならぬほどだ。 だから、なのだろう。河原で寝転ぶ銀髪に声をかけようなどと思ったのは。
「おい、生きてるか」
 派手な頭を上から覗き込むと、眠っていたのか、うつ伏せに倒れていた銀時は奇妙な声を出して空を仰いだ。その額には暑さのせいか汗が滲んでいる。
「あー、なんでお前がいんの」
 あまり呂律が回っていない。この男も相当酔っ払っているようだ。
「そりゃこっちの台詞だ。何してんだテメェ」
「あ? なに。なんでオレがンなことおめーに言わなきゃなんねェんだ。何様だコラ」
「真選組の副長様だ」
「へーへー、そうでしたね。税金で飲み食いしてやがって。酒くせーぞチンピラ警察24時」
「たたっ斬るぞコラ。酒くせーのはテメェもだろうが」
 いつも通り口の減らない銀髪頭に殺意を抱きながら、土方は頭に疑問符を浮かべた。
 雰囲気がいつもと違う。普段はどこか飄々として人を食ったようなヤツだが、今日はどこか自棄っぱちだ。
――女にでもフラれたか。
 だとしたら笑ってやる。
「どうでもいいから、とっとと帰れ。テメェんちにはガキがいるんだろうが。家主が帰らねーでどうすんだ」
「……うるせーよ。それこそテメェにゃなんの関係もねェだろうが」
 何がヤツの琴線に触れたのか分からない。表情も姿勢も変わらないというのに、その瞳が怒りを孕んでいた。
「前からテメェのことは気に食わねェと思ってたんだ」
 ニヤリと、男が笑う。今までの酔いが嘘のように意識がはっきりし、全身が粟立つ。本能が警鐘を鳴らし、土方は銀時から離れようとした。が、その前に手首を掴まれ拘束された。その力は凄まじく、振り解けない。「お前さァ、目の前のモンは全部守れるとか思ってんだろ」
「――んだってんだ急に!」
「ま、実際そうだもんな。真選組の副長さんは。お偉方バックにつけてさァ」
 土方はとっさに何か言い返そうとして、止めた。
 銀時の笑みは侮蔑というよりも、自嘲に見えた。恐らく男の言葉は土方ではなく自身を責めている。それにどうしようもやなく腹が立つ。
――自己嫌悪に他人を巻き込んでじゃねェ!
 そう叫んでやろうとした土方を銀時が遮ぎった。
「オレは目の前のモンですら守れねェってのに、ムカつくんだよテメェは」
 憎々しげに言葉を吐く男に、土方の中で何かが切れた。気がつけば掴まれていない方の腕で銀時を殴りつけ、その襟首に掴みかかっていた。
「腑抜けた面してんじゃねェよ。らしくねェ」
 土方を掴んでいた男の腕から力が抜けた。
「テメェに何が分かるってンだ」
 完全に土方を拒絶した瞳がこちらを見つめる。銀時の目には今、土方など写っていない。それどころか現実すらも写っていないようだった。
 これがあの万事屋だというのか。普段は死んだ魚みたいな目をしてるくせに、戦いの中ではギラギラと瞳を輝かせている、あの男が。
「ふざけんじゃねェぞ」
 腹が立った。目の前の男に対して、どうしようもなく憤りを感じた。
「オレだってなァ、守れねェから切り捨ててきたモンくらいあんだよ!」
 悔しさが込み上げてくる。今まで切り捨ててきたものに対してではない。目の前の男にこんなことを言わなければならないことに、だ。
 今まで刀を交えた分、言葉を交わした分だけ伝わっていると思っていた。それが分かる男だと思っていた。だからこそ今のこの男に失望すら感じていた。
「テメェの周りにゃ、テメェが守ってきたヤツらが沢山いるじゃねぇかッ」
 銀時の側には少年と少女がいて、かぶき町の住人たちも彼を慕っている。それは男が守ってきたものの証ではないか。そんなことにも気づけないほど愚かではないはずだ。
「オレはテメェのそういうところに――」
 言いかけて、止めた。
――ああ、そうか。オレは。
 自分に何が守れて何が守れないかなんて、分かっているつもりだ。真選組のためだと、過去は全部故郷に置いてきた。仲間すら、時には斬り捨ててきた。
 だからこそ、銀時が眩しかった。己の手の中に全て抱き込んで守る。その性格を映した自由奔放な戦い方に、信念に、強く焦がれた。
 こんな情けない顔をした銀時を見たくない。それが勝手なことだというのは自覚していた。それでも何か言わずにはおけなかった。
 憧れているのだ。どうしようもないほど、この目の前の男に。
「……そういうところに、何だよ」
「何でもねェ」
 言えるわけがない。土方は掴んでいた手を緩め、顔を逸らした。
 銀時はそれ以上追求せず、興味なさそうに、へェと呟いた。その瞳に先ほどの理不尽な怒りは消えていたが、翳りが未だ色濃く残っている。
「テメェに説教されるとはな」
「オレだってしたかねェよ。柄でもねェ」
 けれど、それでも目を覚まさせてやりたかった。
「あーあー、酔いが覚めちまった」
「そりゃこっちの台詞だ」
 土方は男から手を放し、その隣に腰掛けた。銀時は空を仰いで寝転がったままだ。
――別に心配だとかそういうんじゃなくて、暑いから動きたくないだけだ。
 そう誰に言うでもなく言い訳してみる。そこに意味などないのだが。
「なァ、起こしてくんね」 手持ち無沙汰に耐えかねて煙草に火を点けると、銀時が片腕を土方に向けて差し出してきた。どうやらまだ酔っているらしい。
「テメェで起きろ」
 吸っていた煙草を指に挟み、その銀髪目掛けて煙を吐き出す。だが銀時は顔を少し歪めただけで、今度は土方の膝を掴んできた。
「いや、無理。起こして」
 なァなァと尚もうるさく絡んでくるのが不快で、仕方なしにその腕を掴んで立ち上がろうとした。が、逆に掴んでいた腕を引っ張られ、中腰という不安定な姿勢が体重を支えきれずに銀時の横へと倒れ込んだ。
「引っかかってやんの。バカじゃね?」
「テメェなにしやが――」
「七夕ってよぉ、本当は今日らしいぜ」
 文句を言ってやろうと顔を上げると、無邪気に掌を空に向けて笑う銀時の姿があった。あまりに珍しい光景に毒気を抜かれ、何も言えなくなってしまう。
 未だ熱気を孕んむ風が吹いた。それでも汗ばむ体には心地いい。
「離れ離れになった夫婦が、1年に1回の逢瀬を重ねるついでに、願い事も叶えてくれんだそうだ。だから空の星に届くように願い事書いた短冊燃やすんだと」
「テメェがそういうこと知ってるたァ意外だな」
 土方も体をうつ伏せたまま空を見上げた。空では満天とはとても言えないほど、申し訳程度に星が瞬いている。
 銀時はそんな空を見上げていた。
「昔、こうやって星見ながら教えてくれた人がいてよォ。今なんかよりもっと星があって、空も近くて、降ってくんじゃねェかと思った」
 その昔とやらを思い出しているのか、男の顔は穏やかだ。しかし、翳りは消えない。
「あいつらにも見せてやりてェなぁ」
 彼の言う『あいつら』が、万事屋の子どもたちのことなのか、それとも別の誰かなのかは分からない。ただ、かすれた声で呟かれた言葉が、酷く土方の胸をかきむしった。
「見せてやりゃあ、いいじゃねェか」
 簡単なことだ。なのに何故、そんな悲しそうな顔で呟くのだ。
 土方は吸いかけだった煙草を再び口にくわえた。
「――そうだな。いつか見せてやるかな」
 銀時はゆっくりと掲げていた掌をその額に下ろし、微笑とも苦笑ともつかぬ表情を浮かべた。 土方は初めて見る男の顔に眉をひそめ、その銀髪に自らの指を絡めた。
「なんつう顔してやがんだ、クソ天パ」
 わしゃわしゃとその髪を撫で回すと、男が大きく見開いた目でこちらを見た。
「え、なにその態度。気持ち悪いんですけど」
「ぶっ殺すぞテメェ」
 撫でていた手をそのままに、ありったけの力を込めてその頭を掴む。痛いとか禿げるとか聞こえた気がしたが無視した。
「気持ち悪いってんなら、とりあえずその情けねーツラなんとかしろ」
 掴んでいた手を解放してその額にデコぴんすると、銀時は口を尖らせながら額を押さえた。
「……オメェのそういうとこが嫌いなんだよ」
 嫌われているのは分かっているが、いざ嫌いだと言われるとイラッと来る。土方は眉間の皺を深くした。
「オレだってテメェの減らず口が嫌いだ」
「いやいやいや、オレのは大嫌いだから」
「じゃあこっちは大大嫌いだ」
「だったらオレは大大大嫌いですぅ」
「喧嘩売ってんのか? ああ?」
「売ってんのはそっちだろうが。なんだったら高く買うぜ?」
 険悪な空気のまま2人同時に起き上がり、同時に足元をふらつかせた。自分たちで思っている以上に酒が入っていたらしい。
 なんだか馬鹿らしくなり、お互い顔を見合わせて苦笑した。その顔は、土方がいつも見ている銀時の表情に近かった。
「帰るわ」
「おぅ」
 それだけ告げると2人は別々の方向に向かって歩みを進めた。振り返ることしない。銀時もきっとそうだろう。だからしない。意地でもしない。
 土方は星を再び見上げながら煙草を吸った。
 もし本当に願いが叶うのならば、いつもの日常で銀時に出会えることを願いながら。
《終》




夏空ハイジャンプ』さんに提出。
夏らしい描写をもっと勉強したい。
 
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