いざよふ

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2012



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02.14
銀+松【縁は異なもの味なもの】


 先生が死んだ時、俺の世界は壊れてしまった。そう思えるほどに銀時の中で大きな存在が消えた。
 それでも、生きなければと思った。
 師は語った。命は捨てるものではない。生き抜くためのものだと。
 だから、銀時は生きた。師の教えを己が魂に刻み込んで。

「そしたらさあ、あんたが死んだことも無駄じゃねぇなって思えたんだ」

 師が死んだからこそ、攘夷戦争へと赴き、坂本と出会えた。お登勢に拾われた。新八が後を着いてくるようになり、神楽が転がり込んできた。
 そして何より、再び銀時に帰る場所ができた。ただいまと言える町が、おかえりと言ってくれる人々がいる。
 そのすべてが、先生の死の先にある。
「それでももっと、あんたと一緒に居たかったよ」
 有り得ないと分かってはいても、自分の出会った人々と逢わせたかった。
 これが俺の家族なのだと言って――……。

「じゃあな、また来る」
 銀時は松陽の墓の前から立ち上がった。
 遠くからは銀時を呼ぶ声が聞こえる。
「いってらっしゃい」
墓の隣でその背中を見送る影は、誰の目に留まることもなく微笑んだ。





04.14
攘夷+松で死ネタ








 其処には首が在った。長く伸ばして居た髪は血に濡れ、其の周りは不揃いだ。
 只、三人は呆然と師の首を見詰めて居た。師は此程に小さな姿だっただろうか。
 最初に其の首に触れたのは銀時だった。其の額に触れ、頬に触れ、銀時はゾッとする様な表情で微笑んだ。
「御帰り、先生」
 首を持ち上げ抱きすくめる姿は狂気以外の何物でも無い。

――嗚呼、羨ましい。

 師との永訣に微笑む夜叉も、狂える夜叉を自失した表情で眺める桂も。
 高杉は只、唇を噛み締めて其の風景に背を向けた。





06.03
Ibのイブ+ギャリ
ネタバレ有り

「こっちへおいで!」
 必死に伸ばされたギャリーの手を、私は掴めなかった。
「ありがとう、ギャリー。でもね」
 偽物と知りつつ、私は母の手を取った。母はとっておきの笑顔を浮かべている。私にはそれが空虚なものにしか見えなかったけれど。
「メアリーを1人にはできないよ」
「イヴ!? イヴ!!」
 徐々に遠ざかっていく声。消えゆく姿。それでも私はその手を取れなかった。
「イヴのバカ!!」
 泣きながら叫ばれたその声に、私は笑ってみせた。
「ありがとう、大好き」
 涙で震えた言葉が彼に届いたかは分からない。
 イヴは傍らで偽物の笑みを浮かべる母の手を握りしめた。

――ずっと一緒よ、イヴ――

「うん、ずっと一緒だよ。メアリー」
 この絵画の中で、永遠に。





06.04
銀+新
※定春家出回で銀さんが定春ほって仕事見つけたことを新八が知ったあたりの話





「銀さんはもっと、優しい人だと思ってました」 新八が声を震わせて詰るが、銀時は目も合わせないで鼻を鳴らした。
「だったらなんだ。お前も出てくか」
 そう言ってやると、瞳を湿らせて唇を噛みしめた。新八ももう、限界なようだ。
「ああ、ああ。分かった。分かったからんな顔すんな」
 今にも涙をこぼしそうな新八の頭をあやすようにポンポンと手を置いた。ずいぶん甘くなったものだと、己の行動に自嘲しながら。
「あんな、今のまま定春連れて帰ってきて、そんでどうなんだ。あいつに飯食わせてやれんのか?」
「それは……」
 新八は途端に言いよどんだ。優しさは時に残酷だ。平気で人を殺すのだから。
「だから、仕事探してエサ代稼ぐ方が先だろうが。それにあいつが何処にいるかくれー知ってるっつうの」
「……って、ええええ!ちょ、それどういうことですかあああああ!」
「あ、やべ」
 言うつもりのなかったことまでペロリと言ってしまった。銀時は頭をガジガジとかき回すと、深いため息を吐いた。
「なんつったらいいか分かんねーけど、あいつにとって今が転機っつうか、成長できるいい機会なんだよ。だから俺としては陰ながら見守ってやろうとか思ってたんだが……」
 チラリと新八を見やると胡散臭いものでも見るような目でこちらを見ていた。これは定春の姿を見せるまで信用してもらえそうにない。
「分かった。神楽も連れて来い。ただし絶対に声かけんな。これはあいつの問題なんだ」
「でも、銀さんは陰から助けるつもりなんでしょう?」
 新八が口を尖らせながら放った言葉に、銀時は思わず目を見開いた。
「また銀さんばっかりじゃないですか。僕らだって定春の家族なんだ。手伝いますからね!」
 怒ったように万事屋へと歩みを進める姿に、銀時は微かに笑みを浮かべた。全く、若者の成長とはなんと早いものか。
「足ひっぱんじゃねーぞ」
 そんな軽口を叩きながら、銀時は新八の頭に掌を置いた。





08.09
一+新+妙【近くて遠い】
 バシンッと、小気味良い音が道場に響き渡っる。
 その音と共に新八の体は床に転がった。
「一本!」
 姉の高らかな声に、新八は不服を隠そうともせず立ち上がった。
「はじめ兄、もう一回! もう一回だけ!」
「おいおい、新坊。もう5本目だぞ。そろそろ負けを認めたらどうじゃ」
 呆れ顔の一に、新八はなお構えを解かない。いくら尊敬する兄弟子だからといって、ここで言われるがまま引いては男が廃るというものだ。
「次は絶対、一本取ってやる!」
 そうは言っても肺は酸素を求めて肩を上下させているし、打ち身だらけの体はとっくに悲鳴を上げている。
 それでも新八は震える膝を叱咤して立ち上がった。
「ちょっと新ちゃん、次は私が尾美一兄様と試合するって約束じゃない」
 審判をしてくれていた姉はそう言ってぷうと頬を膨らました。
「仕方ない。これが最後の一本だ。もうちっと待ってくれや、お妙ちゃん」
「……はい」
 ニカッと豪快な笑みを見せられては、誰が反論できようか。お妙は不満げな顔のまましぶしぶ引き受けてくれた。
 再び一と睨み合う。苦しかった息は、それだけで静かになった。
「はじめ!」
 合図の声と同時に踏み出す。狙うは奇策。新八は前ではなく上に跳んだ。
「メェェェェン!」
 新八の身長では届くはずがない箇所。だからこそがら空きになった面に、力いっぱい竹刀を振り下ろした。
「い……一本!」
 お妙が当惑した声で勝利を告げる。
 今のは確かに入った。嬉しくて顔を上げると、そこには頭を痛そうにさする兄弟子の姿があった。
「あたたたた……。強うなったのぅ、新坊」
 けれど、新八はその姿を見て悟ってしまった。勝ちを譲られたのだと。
 彼の足はふらつくことなく床板を踏みしめ、息すら上がっていない。それが悔しくて、けれど兄弟子の優しさも嬉しくて、新八は笑った。
 いつか、いつかきっと、兄弟子が本気で戦ってくれるような、そんな彼から一本取れるような強い侍になるのだと、決意を抱きながら。




10.10
松+銀+α

 赤い、赤い、華が咲く。彼岸に連なる道標。
「その華を摘んではいけないよ。死者があの世にいけなくなってしまうから」
 そう言って松陽は華に手を伸ばす銀時を窘めた。
「じゃあ、この華を辿っていけばあの世にいけるのか?」
「ええ。生身の人間は知りませんが」
 ふうん、と眼前の華を辿る銀時に、松陽は意地の悪い笑みを浮かべた。
「夜中に見ると、幽霊が見えるかもしれませんよ」
 途端に固まる教え子が愛しくて、松陽は声を上げて笑った。とある秋の日、師と弟子のよくある風景。夕陽に照らされた曼珠沙華は、凛と背を伸ばし咲いていた。




 そんな話を子どもの頃に聞いていたからだろうか。彼岸の時期になると、不意に曼珠沙華へと視線を向けてしまう時がある。同時に幽霊云々まで思い出してしまい、視線を逸らしてしまうのはご愛嬌である。
 だが銀時に言わせるとそれは断じて怖いからではなく、たまたまだ。
 けれど、その日は視線を逸らせなかった。何故、という言葉は喉元で言葉が引っかかって、発声には至らない。
「せん、せ……」
 やっと絞り出せた声は、笑ってしまうほど稚拙で震えていた。それも当然である。目の前にいる人物は、死んだはずの――助けられなかったはずの師そのものなのだから。
「おや、こんな所で何をしているんですか」
 心底呆れたという様子で、松陽が振り向いた。その笑顔は銀時の記憶と寸分変わらない。
「華が、咲いてたから……」
 何とかそれだけを告げると、松陽は笑みを更に深くして銀時へと歩み寄った。
「辿れるのは死者だけだと言ったでしょう。しょうのない子だ」
 松陽は自分よりも背の高い教え子の頭を撫でた。
 そういえば、師の背丈を越えたのはいつだっただろうか。あんなにも大きかった背中が、今ではこんなにもか細い。
「お前はまだ、こちらに来てはいけないよ」
 そう言うと静かに銀時の後ろを指差した。そこからは、なんだが騒がしいような、愛おしいような声が聞こえてくる。
「この華を辿ってお帰り。私はいつまででも、君たちを待っているから」
「じゃあ、あと50年は会えねーな」
 精一杯の虚勢を張る銀時の瞳には、微かに涙が浮かんでいた。鼓膜を震わす彼方からの声は、先ほどよりも大きくなっている。
 銀時は松陽とは反対の方向に足を踏み出した。
「ああ、そうだ。銀時」
 まるで明日の天気を話すかのような、何気ない声色。しかし銀時は、この声を聞くのが最後になるだろうことを分かっていた。
 分かってしまった。
「生まれてきてくれて……出会ってくれて、ありがとう」
 その声音があまりにも優しくて、銀時は笑った。涙をこぼすまいと堪えながら。
「俺も、あんたに逢えて幸せだったよ」
 それだけ告げると、銀時は声の呼ぶ方へと歩みを進めた。振り返ることはない。振り返らないと、決めたのだから。



「銀さん! 銀さん! 起きてください銀さん!」
「銀ちゃん、いつまで寝てるアルか!」
 揺り起こされて目を開けると、そこには呆れ顔の新八と神楽の姿があった。窓からは朝というには明るすぎる光が差し込んでいる。
「まったく、もう昼過ぎですよ! いくらなんでも寝過ぎです」
「そうネ! せっかくのご馳走が冷めちゃうアル」
「は? ご馳走?」
 神楽の不可解な言葉に眉を顰めると、新八が慌てて神楽の口を塞いだ。
「と、とにかく早く起きてください!」
 不自然な態度の新八を怪訝に思いながらも、銀時はうん、と伸びをした。
 久しぶりに先生の夢を見た。先生の夢が悪夢でなかったのは初めてかもしれない。
 不思議な夢だった。まるで、本当にそこにいるかのような感触のある夢。
 しかし夢は所詮夢である。銀時はぶるぶると頭を振ると、居間へと続く襖に手をかけた。
 途端、鼓膜をつんざく破裂音が銀時を襲った。
「誕生日おめでとう! 銀さん」
「おめでとうございます、銀さん!」
「銀ちゃん、おめでとアル!」
「おめっとさん、銀時」
 銀時は思わず言葉を失くした。
 居間には神楽や新八だけでなく、お妙やお登勢、キャサリンやたまなど、かぶき町の面々が勢揃いしていた。
 部屋は様々に飾り付けられ、普段額縁のかかっている壁には「銀さん、お誕生日おめでとう!」と書かれた垂れ幕が掲げられている。
「ほら、銀さん! 座って座って」
 促されるままにソファへと腰掛けながら、ふと今日の夢を思い出した。
 出生の分からなかった銀時に、誕生日をくれたのは松陽だった。2人の出会った日を誕生日にしようと言って、頭を撫でられた手の温かさをまだ覚えている。
――生まれてきてくれて……出会ってくれて、ありがとう。
「そりゃこっちの台詞だろ」
 目の前に広がる光景を見ながら、銀時は静かに一人ごちた。
 先生と出会えたからこそ、今の自分があって、彼らと出会えた。だから、ここに居られる。
 その幸せを噛みしめながら、銀時は微かに笑った。

 


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