2010.01〜05
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5.22ミツバ篇直後。銀+土【鬼の目に泪】
病院の屋上で、愛しい女を失くした男が泣いていた。誰に知られることもなく、「辛ェ」と呟き泣いていた。
その後ろ姿を見て、ただ羨ましいと思った。
俺には悲しむ暇すら無かったから。
タンクの後ろで、涙すら出ない目で空を見上げ、せんべいをかじった。
「辛ェ……」
泣いてやれなくてごめんな。
5.5土ミツ+総悟 道場での練習も終わり、十四郎が井戸で汗を流していると、見慣れた栗色の髪が目に入った。向こうもこちらに気づいたらしく、目が合うとニコリと笑った。
顔中に熱が集まるのを感じ、十四郎は汲んだ水を勢いよく頭から被った。
「そーちゃんに作ったんだけど、作りすぎちゃって。十四郎さんも一つどう?」
ミツバがそう言って差し出したのは柏餅だった。そういえば今日は端午の節句だ。まあ、だから1人でこんな所にいるのだが。
「なんだ、みんなに配り歩いてんのか。相変わらずだな」
一つ受け取り、口中に頬張る。甘すぎないさっぱりした味が自分好みだ。
――あんまり、端午の節句ってのは好きじゃねェんだが。
自分の誕生日というものにあまりいい思いがない。めでたいどころか死に一歩近づいているだけだ。端午の節句――自分の誕生日が近づくと、周りが祝ってくれるのは嬉しいが、それに反比例して冷めていく自分がいた。
「おいしい?」
「ああ、ありがとな」
きっと彼女は今日が十四郎の誕生日だということを知らない。それでいい。十四郎はそう思った。大層に祝われるのは、やっぱりむずがゆい。
「そうだわ、十四郎さん。これ、もらってくださる?」
そう言って手渡されたのはマヨネーズ型のライターだった。
「この間、福引きで当てたのよ。でも私は使わないから」
「いいのか?」
「もちろん。十四郎さんに貰って欲しいの」
そう言った彼女の顔がほんのり紅が差して見えるのは気のせいだろうか。十四郎は内心舞い上がっていたが、それを必死で押し隠した。
「あ、ありがとな」
受け取ると、ミツバはまたにっこりと笑った。
「あの、私、他の方たちにも柏餅おすそ分けしてきますね」
「ああ、そうか」
ろくに言葉すら交わさなかったが、十四郎は胸がいっぱいだった。ライターなど使うことはないが、それでも嬉しかった。
こんなサプライズがあるなら、誕生日もいいものだ。
◆◇◆
ミツバは頬を押さえて道場の方へと走った。顔が熱い。
バレてしまっただろうか。自分の気持ちに。そんな不安が彼女の胸をよぎる。
「あ、姉上!」
道場には似つかわしくない甲高い声に振り向くと、弟が嬉しそうにこちらへ駆け寄ってきた。
「そーちゃん、いい子にしてた?」
「勿論でさァ、姉上!」
「ミツバ殿! いらっしゃい」
総悟の声でミツバの存在に気づいた近藤が、稽古の手を止めてミツバを歓迎してくれた。
「こんにちは。柏餅のおすそ分けに来ました」
「それはありがたい! みんな、ミツバ殿からの差し入れだ!」
その声に他の門下生たちも手を止めて我先にと柏餅を奪っていく。
相変わらずだとミツバが笑うと、近藤は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「すみません。遠慮のないヤツらで」
「いいえ。男らしくて素敵です」
「ははは、ありがとうございます。ああ、そうだ。今日はトシのやつ、早々に切り上げちまって。せっかく誕生日パーチーを開いてやろうと計画してたのに」
「だからじゃないですか? きっと気恥ずかしいんだわ」
おそらく彼は、好かれることに慣れていないのだ。だから好意を持って接せられると、どうしていいのか分からなくなるのだろう。
だから、好意ではないフリをして誕生日プレゼントを渡した。
本当は前から今日が十四郎の誕生日だと知っていたし、プレゼントだってそのために選んだ。けれど、わざと包装を外して彼に渡した。プレゼントだということも内緒にして。でなければきっと受け取ってくれなかっただろう。
ミツバがくすりと笑うと、総悟が不思議そうにこちらを見上げた。
「姉上、何かいいことあったんですか?」
「うふふ、内緒」
自分の感情にすら不器用な男の姿を思い浮かべ、ミツバはまたくすりと笑った。
5.4攘夷戦争 愛刀、という言葉があるが、そんなものは戦場では通用しない。大事に大事に使っていれば、こちらの命が無くなってしまう。
刀なんて斬れればいい。なまくら刀しか持てない貧乏侍ならばなおさらだ。
先生から貰った刀は、たった一度の戦で折れてしまった。それから銀時は、刀を消耗品として見るようになった。
手入れをしようにも道具がない。道具を買う前に金がない。だから自然と戦っている相手から奪う戦いが身についてしまった。
「刀なんて脆いもんじゃのう、銀時」
そう言って坂本はどこからともなく銃だの大砲だのを仕入れてきた。
確かに効率良く天人を殺せるという点では便利だ。それでも銀時はそれを使う気にはなれなかった。使ってしまえば戦う意味が無くなってしまうような、そんな気がしたのだ。
「己の魂を守るため、か」
銀時は懐に入れていた教本を握りしめた。その間には、松陽から貰った刀の鍔が挟んである。
「行くぞ、銀時」
銀時は同朋の声に無言で立ち上がると、傍らの刀を掴んだ。無名の、しかも敵から奪った刀。しかし刀であることには変わりない。
「俺は、これでいいのか、先生……」
銀時の呟きは風と共にかき消え、誰に聞こえることもなかった。
◆◇◆
戦の中で教本を失った。天人との戦闘中に、火薬の入った砲弾が使われたのだ。
「ちくしょう! 近寄れもしねェ!」
高杉の叫び声が響く。辺りはあっという間に火の海になり、逃げることすらままならない。
しかもよりにもよって、袖に引火した。慌てて引きちぎったが、その拍子に教本が火の海へと落下していた。
「何をしている銀時! 撤退だ!」
銀時は今すぐ火の粉を払って持ち去りたい衝動にかられたが、伸ばしかけた手をグッと握り、逃げることに専念した。
――命あっての物種だ。
所詮、本は本でしかない。たとえどれだけの思い出が――思いが詰まっていようとも。
火の勢いが収束した夜、銀時は服の繊維に刀の鍔が引っかかっているのに気がついた。
それを強く握りしめると、ゆっくりとその瞼を閉じた。そこから流れ落ちた涙を、誰も知らない。
4.15銀+松+海老名+桂「よぉ、久しぶりだな。なんか釣れるか?」
銀時がぼんやりと釣りをしていると、池の主である海老名に声を掛けられた。相変わらずの緑色だ。皿の方は割れ目がだいぶ目立たなくなっている。ちゃんと治るものなんだなと少し感心した。
「釣れるは釣れるが妙なもんばっかだ。やっぱ生態系狂ってやがるな」
バケツに入った魚を見てため息をついた。せめてもう少しマシなものならば夕飯に並べられるのだが。いや、いっそのこと並べてしまおうか。
池を悠々と泳ぐ魚を眺めているとそんなことを考えてしまう。
ふと、銀時の視界に宇宙船が入った。今はもう古びてしまった、海老名の乗ってきた宇宙船。それを見て、銀時は口元を緩めた。
「ん? なんだ、思い出し笑いか? どうせエッロいこと考えてんだろ」
「ちっげぇよ。ちょっと昔のこと思い出しちまって」
今でも覚えている。
ある日、宇宙船を見に行こうという話になった。言い出しっぺは銀時たちの師、松陽だ。近所に落ちたので見に行こうと言われ、銀時を始め興味を持った子どもたち5人ほどを引き連れてそこへ向かった。
初めて間近で見る宇宙船は大きく、そして異様だった。そう感じたのは、からくりが珍しい時代だったせいかもしれない。特に目立った外傷はなかったので、不時着だったのだろう。その姿に感動した子どもたちはそれぞれにはしゃいでいた。
ここで終われば良かったのだが、これには後日談がある。
あの後、松陽はこともあろうに宇宙船に乗せてほしいと直談判に行ったというのである。天人と侍が戦争をしている時期にそんな願いが聞き入れてもらえるはずもなく、未遂で終わった。が、その話を聞いた桂は必死で松陽に二度としないでくれと懇願し、高杉と久坂は英雄でも見るようなキラキラした目で松陽に話をせがんでいた。
「昔な、戦争してる相手に、宇宙船に乗せてくださいって言った馬鹿がいたんだ」
松陽に育てられた銀時としては、それは松陽のいつもの奇行の一つでしかなく、周りが騒ぐ中、また馬鹿なことしてるなと思うだけだった。
「だとしたら銀さんにとっちゃ、大事な人だったんだな」
そんな顔してるぜと余計なことを言い、海老名はまた水の底へと沈んで行った。
自分がなぜ無茶ばかりする松陽を止めなかったのか、なんて単純だ。
あの人がすることに意味のないことはない。必ず国のために繋がっているのを知っていたからだ。
だから、どんな無茶だって着いていくつもりでいた。
教えてもらったことを覚えているかと聞かれれば、正直微妙だ。おそらく銀時の中に残っているのは、剣術とそれから武士道くらいである。
「なんだ銀時、こんな所におったのか」
海老名が去ってすぐに聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。銀時は視線だけをそちらに向け、その人物を捉えた。
「んだ、ヅラか」
「ヅラじゃない桂だ」
桂は何か言いかけて口を噤んだ。いつもなら噛みついてくるやつが静かなのはなんとも不気味だ。そう感じて顔を上げると、その視線の先には朽ちた宇宙船が池から顔を出していた。
「なぁ、覚えているか? 銀時」
そう言った桂の目は、少年の頃と同じように輝いて見えた。
1.14土九 朝起きると必ず柱に印を付ける。それが九兵衛の習慣になっていた。一向に伸びる気配などないのだけれど。
――せめてお妙ちゃんくらいあったら。
この間見た光景が脳裏をよぎる。その日は東城の目を盗んで夜中にスナックスマイルへと向かっていた。今週はチャイナ服週間なのだと聞き、是非ともその姿を拝みたかったからだ。
九兵衛が到着した時、ちょうどお妙が外に出ていた。声を掛けなかったのは、側に珍しい男がいたからだ。
真戦組副長、土方十四郎。足元に倒れているのはおそらく局長の近藤だろう。
土方は、一度九兵衛に負けた男だ。
――そして、僕を女扱いした男。
普段ぶっきらぼうな土方が、その日は珍しく笑っていた。自分には見せないような笑顔をお妙に向けていた。それだけのことなのに、胸が苦しい。
「お妙ちゃん!」
気がつくと2人の間に割り込んでいた。心なしか土方の顔が不満そうに歪んでいる。
「なんだ、君もいたのか」
「ったく、相変わらず口の減らねェガキだな」
紫煙が九兵衛の頭上に吐き出される。首が疲れるほど見上げないと合わない視線に嫌気がさす。
「僕はガキじゃない」
「んなナリで言われても説得力ねェんだよ」
土方が子どもにするよう九兵衛の頭に手を乗せようとして、止めた。以前同じことをした時に九兵衛が投げ飛ばしたことを覚えていたのだろう。
「近藤さんが世話になったな。今度は意識ある状態で呼んでくれ」
「あら、今度なんてありませんよ? そのストーカーゴリラ、ちゃんとしつけておいて下さいね」
「そりゃ無茶な相談だ」
土方は近藤を肩に担いだ。
「じゃあな」
そう言って去っていた背中を見送って以来、九兵衛は土方と会っていない。
あの後、お妙と話していても何故か気持ちは晴れなかった。他愛ないお喋りは楽しいのに、どこか虚しく思ったのは何故だったのだろうか。あれ以来ずっとあの男のことが頭から離れない。
きっとお妙に笑いかけられていたから気に食わないのだ。そう思い込もうとした。
だがそれが見せかけだと、九兵衛自身が知っている。
九兵衛は土方のことを好きなのだ。だから土方とお妙の姿を見て嫉妬した。
認めまいと否定すればするほど、その思いは強くなっている気がする。
あの笑顔を、自分に向けて欲しい。
むしろ自分以外には見せないで欲しい。
浅ましいほどの独占欲が身の奥から湧き上がる。
自分の感情に思わず自嘲の笑みが浮かんだ。恋愛感情というものがこんなに醜いものだとは思わなかった。
「最近どうしたの? 九ちゃん」
次に九兵衛がお妙に会った時、お妙は心配そうに首を傾げた。
醜い自分に気づかれたくなくて、必死に気持ちを隠していたつもりだったのに、どうやら面に出てしまっていたようだ。
「何でもないよ」
「そう、ならいいんだけど」
心配してくれている本人に嫉妬していたのだなんて言えない。
あの時土方は、お妙のことは女扱いしたくせに、九兵衛のことは子ども扱いだった。
――せめてもう少し身長があれば、大人扱いされるだろうか。
そんな女々しいことを考えてしまう。九兵衛は自己嫌悪に陥った。
「そうそう、この間土方さんが来てたでしょう?」
こんな時に限ってあの男の話題なのか。九兵衛はドキリと跳ねた心臓を必死に抑えつけた。
「実はね、九ちゃんの話をしてたの」
「……僕の?」
それは意外だ。
「九ちゃんと遊びに行った話をしたんだけれど、その時の土方さんの顔、とっても優しい顔してたのよ。九ちゃんが来たら引っ込めてしまったんだけど、ぜひ見せてあげたかったわ」
思い出したのかお妙はフフフと笑った。
「土方さんとはたまにお話するけど、九ちゃんの話をする時、いつもよりちょっぴり嬉しそうなの」
そんな話を聞かされてしまったら、気持ちが抑えきれなくなる。もしかしたらと自惚れてしまう。
もしかしたら、彼も自分のことが好きなんじゃないか、と。
「九ちゃん、顔真っ赤よ」
指摘されて頬に手を当てると、ひどく熱を帯びていた。
「今度、歌舞伎町でお祭りがあるの。その日は土方さん、珍しく非番なんですって」
あのゴリラから聞いたから確かな話よ、といたずらっぽく彼女が笑った。
「女は度胸よ、九ちゃん」
すべてを見透かすようなお妙の笑みに、九兵衛もつられて笑った。
「ありがとう。お妙ちゃん」
こんなに人を好きになったのは初めてだ。だから少しでも可能性があるなら確かめたい。
九兵衛はお妙からもらった祭りのチラシを手に、真選組の屯所へと足を向けた。