※企画提出
子どもの言い分
ドタドタと廊下を走る足音が響く。スパンと開かれた襖の前には、永倉が立っていた。
「納得いきません!」
煙草をくわえて胡座をかいていた土方は、面倒臭そうに頭を掻いた。
「何の話だ。主語を言え、主語を」
「何で沖田さんが隊長なんですか!」
正直な所、人事を発表してから来る気はしていた。沖田は永倉と同い年で、しかも女だ。誕生日の上ではむしろ年上であることも納得いかないという理由の1つだろう。
「決定事項だ」
「沖田さんに隊長が務まると思ってるんですか!? 沖田さんが隊長やるくらいなら――」
「自分に任せて欲しい、ってか。ふざけんな」
土方は刀を鞘ごと腰から引き抜き、永倉の足をはらった。永倉はすんでで避けたが、不安定な体勢には変わりない。腕を引いてやると呆気なく倒れた。
「テメェにゃ無理だ」
「ならなんで沖田さんなら構わないんですか」
ぶすくれた声を出す永倉に、思わずため息が漏れる。
「沖田とテメェは、剣の腕だけで言やぁ互角だ。だがな、決定的な差がある」
「差……」
「んなことも分からねーくせに、オレの人事案に口出すんじゃねーよ」
永倉は畳の上に倒れ込んだまま、難しい顔をして唸った。こいつはある意味、沖田よりも厄介だ。
「あいつとお前じゃ、何もかも違いすぎんだ。修羅場くぐってきた数も、人殺してきた数も」
永倉は腕が立つ。しかし沖田とは真逆で、情に流されやすく、直情的だ。上に立つものとしては危うい部分が多すぎる。
土方は永倉の頭に手を乗せた。
「だから、無理にあいつに追いつこうとしなくていい」
土方の手の中で、永倉がピクリと動いた。
「でもやっぱり、沖田さんが隊長になるのは反対です」
「なんでそんなに嫌がんだ」
「だって、余計に沖田さんが独りになるでしょう」
昔から、永倉は沖田と対等でいようとするきらいがある。それは、同年代から敵視されやすい沖田を独りにすまいという彼の優しさから来るものだというのは分かる。しかし、二人では住んできた世界が違いすぎる。
「お前が思ってる以上に、あいつは強ェよ」
「知ってます。ちゃんと周囲の状況見て動けるし、情に流されないし、何より強いです。でも、だから――」
「あのなぁ、お前が思ってる以上に、あいつは受け入れられてるっての」
最初は生意気なガキで、しかも女だということもあり、道場内でも敬遠する者も多かった。しかし近藤や原田と付き合う彼女を見て、彼女のいる生活が日常になっている。
同世代の者の中には未だに嫌う者もいるらしいが、沖田のことだ。そこは実力で黙らせるだろう。
「お前はもうちょい、あいつ以外に視野を広げろ」
グリグリと頭を撫で回してやると、納得いったのかいかないのか、まだぶすくれた顔で永倉は土方を睨みつけてきた。
「1ヶ月だけ見守ってやれ。それを見てから、まだあいつに隊長は無理だってんなら考えてやる」
そう言うと、途端に永倉が顔を上げた。
「見守ってやるのも男の仕事だ」
「はい!」
意味が分かっているのかいないのか、とてもいい返事が返ってきた。単純だ。こういう所は扱いやすい。
「そろそろ近藤さんたちが返ってくる頃だ。茶の用意しといてくれるか」
「はい!」
喜色満面で廊下を駆ける姿は、まるで子犬のようだ。
「良いねェ。若いって」
これから彼は否が応でも学んでいくだろう。人間の業を。醜さを。その後に来る絶望を。人斬り集団に属するということはそういうことだ。
いつか土方たちが辿った道を、彼は今から歩むのだ。
《終》