いざよふ

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路地裏猫

 その日は昨日までの雨が嘘のように晴れ渡っていて、風もずいぶんと涼しくなっていた。暑苦しい制服のままでも快適に過ごせるせいで気が抜けていたのかもしれない。
 山崎は不意に伸びた腕に首を掴まれ、路地裏の奥へと引きずり込まれた。
 ギョッとして顔を上げると、そこには銀髪と死んだ魚みたいな目という見覚えのある男が、山崎の首を腕全体でガッチリとホールドしていた。
「旦那っ、なにすんですか!」
「いやァ、ジミー君に聞きたいことがあってさ」
 さも世間話でもするように話しかけられたが、相変わらず首に絡まった腕が外れる気配はない。
「だからジミーじゃないって――」
「山崎くん」
 頭上から響いた声はいつも通りなのに、どうしてだか肌が粟立って仕方ない。
 本能的に恐怖を感じて腕を外そうとした。が、ビクともしない。
「お前、最近オレの周り嗅ぎ回ってるらしいな」
 ビクリと肩が揺れた。こんなの、イエスと言っているようなものだ。山崎は己の失態に唇を噛んだ。
「なに? 真選組はオレのこと疑ってんの?」
「別にそういうわけじゃ……」
「だったら何だってんだ。適当なこと抜かしてっと、このまま首へし折るぞ」
「ええええ、ちょっと勘弁して下さい、よ」
 山崎が後ろを振り仰ぐと、そこにあったのは死んだ魚の目なんかではなく、視線だけで人を殺してしまえるかのような凶悪さを孕んだものだった。
 息が詰まる。それだけ知られたくない過去なのだろうか。
「で、どこまで調べたの。オレのこと」
 怖い。だが、腐っても真選組の監察だ。ここでビビっていいはずがない。
 山崎は腹を括って坂田の視線をまっすぐに見返した。
「あんたが、桂や高杉と交流があったってことと、懐に入れた人間にはとことん甘いってことです」
「どういう意味だそりゃ?」
 気が抜けたのか、少しだけ坂田の力が緩んだ。その隙を見逃す手はない。
 山崎は首に絡んでいた腕をふりほどき、向き直って刀に手をかけた。が、坂田の方が速い。木刀を喉元に突きつけられ、山崎は再び身動きが取れなくなってしまった。
「で、どういう意味よ?」
 不敵に笑うその顔は、土方に嫌がらせをしている時の沖田そっくりだ。
 山崎は両手を上げて無抵抗の意を示してから、話を続けた。
「桂の態度見てりゃ、あんたらが知り合いだってことくらい分かります。あんたが身内に甘いってのも」
 坂田という男を調べていれば、自然と万事屋や本人自身の評判も耳に入ってくる。誰もが憎まれ口を叩きながらも、万事屋への恩をふと口にするのだ。
 それはきっと、仕事だからという理由だけではないだろう。
「……こないだのアレなら、仕事で巻き込まれただけだっつうの」
「でしょうね」
 こないだのアレ、とは恐らく鬼兵隊と桂一派の抗争絡みの事件のことだろう。
 毎度毎度、よくもまあ大きな事件に巻き込まれるものだ。
「テメー、マジでどこまで把握してんだ」
 坂田が嫌そうに眉をひそめた。
「ほとんど推測ですよ。オレはあんたのことはほとんど知らない」
 嘘だ。本当は彼らが昔馴染みだという所まで突き止めている。当たりを付けて地道に捜査をした賜物だ。が、そんなことを言えば殺されそうなので黙っておく。
「でもね、旦那が身内に甘いのは推測じゃないと思ってますよ。あんたが思想云々で動く人にも見えないし」
「誉め言葉として受け取っといてやらァ」
「誉めてんですよ。あんたは昔馴染みの桂が窮地に追い込まれたら、助けずにはいられない。でも、仲間には加わらないし手も貸さない」
 坂田は何も言わない。しかしその沈黙こそが答えなのだろう。
「それに、逆にオレたちが同じ状況に陥っても、あんたは手を貸すんだ」
「勝手なこと言ってんじゃねェよ」
「でも、あんたはそういう人でしょ?」
 そう言った瞬間、突きつけられていた刀とは逆の手で頭をはたかれた。そう来るとは思ってなかったのでノーガードだった。めちゃくちゃ痛い。
「ま、今回は見逃してやるよ。次はねェからな」
 坂田はそういうと木刀を山崎の首筋から離し、腰へと戻した。
「あ、ありがとうございます?」
 お礼を言うことに自分で疑問を覚えつつも、やっと解放された首筋に手を当てた。緊張が解け、途端に疲れがドッとのしかかって来る。
 実際の所、思った以上にあっさり引いて、山崎は少し拍子抜けしていた。不思議に思い、藪蛇とは分かりつつも坂田に尋ねた。
「もしかして、なんかあったんですか?」
 機嫌がいい、とも少し違う気がするのだが、いつもより丸い気がする。
「実は今日、誕生日なんだわ、オレ」
 満面の笑みで微笑まれ、山崎は思わず頬を引きつらせた。
「……パフェでいいですか?」
「あっちの通りに甘味食べ放題の店がオープンしたんだよねェ」
 山崎は財布の中身を思い出しながら肩を落とした。
「……奢らせて頂きます」
「マジで? 優しいなぁ、ジミーくんは」
 もうジミーでいい。出費は痛いがそれよりも上司にバレた時が怖い。
――命の覚悟しとかないとなぁ。
 ため息を吐いて坂田の方を見ると目に見えて上機嫌だった。鼻歌まで歌っている。
 山崎はもう一度目の前の男を観察してみた。飄々としていて、捉えどころがなくて、何ものからも自由だ。
 そして何より、己の武士道を頼みに生きている。
 だから坂田銀時は味方にはならない。だが、決して敵にも回らない。ならばそれでいいじゃないか。
 空を振り仰げば雲ひとつ無く晴れ渡っていた。明日もまた晴れればいい。


《終》




タイトルは『カートニアゴ』より引用。ハッピーバースデー銀さん! 

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