いざよふ

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七世掛けて誓いてし』にリンク


マッチと煙草は後悔の味

 河上万斉に情けをかけられ、かろうじて生き長らえたあの日から数日経った。いや、正確には数日が経過“していた”、だ。
 万斉があの場から去ったあと、自力で屯所へと戻ろうとした所までは覚えている。だが気がつくと山崎は病院のベッドの上に寝かされていた。
 目が覚めてまず最初に沖田の携帯へと連絡した。沖田は伊東や局長と共に隊士募集へと向かっていたはずだ。しかし一向に出る気配がない。局長も然りだ。山崎の心を不安が占める。
――局長も沖田隊長はあまり電話に出ない人だから。
 山崎は自分にそう言い聞かせ、今度は土方へと電話をかけた。
『おかけになった番号は、現在、電波の届かない所にいるか――』
 繋がらない。
 まさか真選組が伊東に乗っ取られてしまったのか。山崎はいてもたってもいられず、壁にかかっていた制服に着替えると、病院を飛び出した。
 傷口は塞がっているが、まだ引きつる。それでも山崎は必死に屯所へ向かって走った。
――なんで気絶なんかしたんだ、オレ!
 あの時せめて副長に伝えられていたならば、最悪の事態は避けられたかもしれない。後悔が山崎を苛む。
 走って走って、ようやく屯所へと到着すると、そこでは山崎の葬式が行われていた。
――え? ええええ!?
 よく考えてみればあれから数日経っている――携帯の日付を見た時は少し驚いた――のだから、この件が収束していてもおかしくはない。急いて行動に起こす前に、まずは落ち着いて情報収集すべきだった。
 しかも葬式は松平のせいで盛り上がり、どんどんと出にくい雰囲気になっている。どうしようか悩んでいる今も、松平の泣きじゃくる声が聞こえる。
「プー助ェェェ!!」
――って犬ぅぅぅ!? 犬とセットというよりむしろ犬メインじゃねェか!
 よく見ると山崎の死を悼んでいるものは誰もいない。しかも副長はまだ謹慎中で今はいないらしい。そのせいか、葬式の場だというのに皆やりたい放題だ。不謹慎だろうとつっこむよりもまず寂しい。
――こんなものか。
 山崎はいつも上滑りの会話しかしない。それが今まで生きてきた中での処世術だったからだ。人の中に自分を残さない。そうやって人と関わってきた。
 しかし、屯所の中ではその上滑りの会話でも楽しかった。明日になったら忘れてしまうような馬鹿らしい話。それでも、山崎はどこか充足感を覚えていた。
――畜生……っ。
 けれどやはり山崎は山崎でしかない。地味で、いてもいなくても同じ存在。そういえば居たよなという、お寿司の中にある緑のあれのような、そんな存在。
――だったらせめてお前らの記憶にオレという存在を刻みつけてやる!
 山崎は自室に戻ると死に装束を身にまとい、血糊を口元に付けた。我ながら完璧だ。
 ミントンのラケットを持って準備完了。山崎は葬式が行われている部屋を外からうかがった。
――なめやがって。今からお前ら全員恐怖のどん底に突き落としてやる!
 そしてまさに入らんとしたその時。
 凄まじい爆風と共に山崎は吹き飛ばされた。驚いて振り向くと、そこには見慣れたシルエットがあった。
 土方だ。
「ひとつ、死した後化けて出てくることなかれ。潔く成仏すべし」
 土方のよく通る声が朗々と隊規を読み上げる。久々に見る姿は、最後に見た時の謹慎を食らって憔悴していた時とは違う、いつもの鬼副長そのものだった。
 堂々というにはふてぶてしい姿が、夕陽を背に帰ってきた。
「副長……」
「土方さん……」
 誰からともなく土方の名を呼ぶ。そしてその声が殊更響き渡った瞬間、我も我もと彼の周りに駆け寄った。
「おい、切腹だっつてんだ――」
「もう何回でも腹切りますよ! あんたが帰って来てくれるんなら!」
「お帰りなさい、副長!」
「心配させやがって、死ね土方」
「今死ねっつたヤツ出てこい、コラ!」
 隊士たちが一斉に土方に駆け寄る。
――未だ床に這いつくばったままの山崎を踏みつけて。
「ちょっと、痛い痛い痛い! 傷口開く!」
 体中が軋むように痛い。もうやってられない。
 副長は駆け寄ってくる隊士をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返したあと、隊士の半分を通常業務に、もう半分を松平公の犬の葬式へと参加させた。
「おい、山崎。生きてるか?」
 土方の不機嫌な声が響いた。「もう死にそうです」
「動けそうならオレの部屋に来い。総悟となに企んでたのかしっかり聞かしてもらうからな」
「うっわ、マジですか」
 企んでいたつもりはないが、副長命令なしに動いていたのも確かだ。
 とりあえず、副長の機嫌がこれ以上悪くなる前に動いた方がいい。山崎は傷口を庇いながら立ち上がった。



◆◇◆



「で、お前の計画は上手くいったのか?」
 土方は部屋に入るなり、どかりと座り込むと煙草に火をつけた。
「計画って……。沖田隊長には気をつけて下さいって言っただけで――」
「で、念のために電車に仕掛ける爆弾預けたってか。オレに一言の断りもなしに」
 そう言われると申し開きが立たない。
「し、仕方ないでしょう。土方さん、謹慎中だったんですから」
「――そうだったな」
 土方は視線を反らしながら紫煙を吐いた。やはり罪悪感はあるらしい。
「お前は知らないんだっけか」
「なにがですか?」
「ああ、まあ。いろいろあったんだ」
 土方がこんなに歯切れ悪いのも珍しい。問いただしたいが彼が簡単に話してくれるはずもない。山崎は原田辺りに聞き出すことにして、山崎は居住まいを正した。
「土方さん、伊東のことですが……」
「伊東なら死んだ」
 事も無げに言ってのけた土方の表情は、何一つ変わらなかった。
――何かあったな。 山崎は思った。
 普段ならここで苦々しく眉をひそめたはずだ。なのに眉一つ動かさない。
「河上万斉のことは――」
「鬼兵隊と繋がってたことも知ってる。全部終わった」
「全部……」
 結局、何も間に合わなかったのか。山崎は大きく息を吐いた。
「すみませんでした」
 土下座した。頭は上げられなかった。こんな肝心な時に何もできなかった。それが悔しかった。
 山崎の目に涙が浮かぶ。
「謝んな」
 下げた頭を土方が2、3度軽くはたく。言葉の意味が分からず、山崎はそのままの姿勢で固まった。
「謝るくらいなら、態度で示せ。悔しいなら、強くなれ。テメーはテメーのやれることをやったんだろうが」
 そう言うと土方は山崎の頭をくしゃりと撫でた。
「俺がいない間、苦労かけたな」
 ああ、やっぱりこの人はズルい。
 その一言で山崎の不満がすべて氷解するのを、彼は知っているのだろうか。
「苦労かけたって思うなら、ちゃんと自分の仕事してください」 事務仕事とか大変だったんですからね、と強がりを言うと、いつも通りの鉄拳が降ってきた。
 声が上擦ったことには気づいてなければいい。
「生意気言ってんじゃねぇよ。山崎のくせに」
「え、ちょ、何ですかそののび太のくせにみたいな言い方」
 思わず頭を上げると、いつもの仏頂面があった。それだけのことなのに、何故だかとても安心した。
「そういや、なんであんたはオレの葬式出てなかったんですか。一応、部下でしょうが」
 安心した途端に不満が頭をもたげる。
 仮にも山崎は副長直属である。それなのにいくら謹慎中とはいえ、その葬式に来なかった。それなりに信頼関係を築いていた気でいた分、ショックも相当なものだった。
「馬鹿かテメー」
「はいはい、どうせ馬鹿ですよ」
 やさぐれた返事を返すと、土方は煙草の先を山崎の額に押し付けた。
 慌てて飛び退くが、額は熱くも何ともない。額の三角布に触れて、そういえば死に装束から着替えてなかったことを思い出した。
「お前今、生きてるじゃねェか」
 土方の指には、まだ火の付いていない煙草が挟まっていた。
「死体も見つかってねェっつうのに葬式する方がどうかしてんだ。ンな茶番に付き合ってる暇は俺にはねェよ」
 いや、山崎の葬式というよりは松平の犬の葬式だったのだが。
「……敵前逃亡したとは思わなかったんですか」
「だとしても、テメーは真選組(ここ)に帰ってくるだろ」
 それが当たり前のように言われた。
 山崎はいざとなれば逃げる。それが隊にとって最善ならば、たとえ卑怯だと罵られようとも逃げる。
 そして必ず真選組(ここ)へ、土方の元へと戻るだろう。なぜなら山崎は監察だからだ。
 しかしそれを当たり前だとするのは難しい。途中で耐えきられなくなり、隊を脱走したものも幾人かいる。
 そんな中で、土方は山崎は帰ってくると言ってくれた。それが嬉しくもあり、少し気恥ずかしくもあった。
 山崎が何も言えず人差し指で頬を掻くと、土方は煙草を深く飲み、紫煙を吐き出した。
「それに、一応ミロ供えてやっただろ。喜べ」
「って、あのミロはあんたか! 別に好きでもなんでもないんだよ。なんでそのチョイスなんだよ!」
「うるせー。耳元で騒ぐな」
 土方は懐からマヨネーズ型のライターを取り出した。が、ガスが切れたのか火が点かない。チッと舌打ちが聞こえる。
「おい、マッチかライター持ってねェか」
「吸いすぎですよ」
 灰皿は既に灰の山だ。意外と無精者のこの上司のことだから、きっと昨日からほったらかしなのだろうが、それにしてもこれは酷い。
「テメーに言われる筋合いはねェよ。持ってんのか、持ってねェのか」
「マッチなら一応。確かこの辺に」
 こんな時のためにいくつか副長の部屋に置いていたはずだ。山崎は押し入れを開けて中のカラーボックスを探った。
「あ、ありました」
 再び土方の前に座り、マッチを擦る。火が消えないよう、燃えすぎないよう注意しながら土方の煙草に火を点ける。
 ほんのりと灯った火が、土方が煙を吸い込むのに合わせて更に赤々と燃え上がった。
 とりあえず今は、煙草の火を点けさせてもらえる程度に信頼してもらえるようになったのだ。そのことを素直に喜ぼうと、山崎は思った。
《終》



 

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