いざよふ

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 いい加減諦めればいいのにと思う。山崎は土方からの命(めい)に思わずため息をついた。が、思いっきり上司に睨まれた。あの凶悪面で睨まれたら思わず背筋も伸びるというものだ。
 どうもまた坂田銀時を調べろということらしい。ついこの間、伊東の反乱の時に助けてもらったばかりだというのに、この人は恩義という言葉を知らないのだろうか。
 疑問が顔に出ていたのか、土方が苦々しい顔で口を開いた。
「気になることがあってな。河上万斉らしき男が、野郎のこと『白夜叉』って呼んでた」
「白夜叉って……あの白夜叉ですか!?」
 確か天人との攘夷戦争末期に、敵からも味方からも恐れられたという侍だ。銀の髪を緋色に染め、その姿はまさに夜叉だったという。
「それが万事屋の旦那だっていうんですか!?」
 髪の色は同じかもしれないが、夜叉と呼ばれていたとは、あのぐうたらな姿からは想像できない。
「かもしれねぇってことだ。だから調べろっつってんだろ」
「でも河上と戦ったてたなら、やはり攘夷の意志はないんじゃ……」
「だからそこんとこを調べてこいっつってんだ!」
 土方は書類を山崎の頭にベシリと叩きつけた。
「時間がある時でいい。まぁ、奴に限って滅多なことはないだろうが、念のためだ」
 なら自分でやればいいと思ったが、土方の机の上に積み上がった書類を見て口を噤んだ。そういえばここ最近、土方が寝ていた姿を見ていない。
「分かりました。やります」
 後々このことを後悔するなんて、この時はまだ思ってもいなかった。


* * *



「あの、本当にすみませんでした」
 山崎は今、顔を腫らしてファミレスの一席に居る。銀時の知り合いに話を聞いている時に彼の過去について調べていることがバレたのだ。山崎をここまで連れて来たのも、ボコボコにしたのもその銀時である。
「ったく、人のことこそこそ嗅ぎ回りやがって。どこのワン公ですかコノヤロー」
 眉をひそめて頬杖をつく銀時に、山崎はただ頭を下げた。
「ここ奢るんで、もう本当勘弁してください」
「あったりめーだろ。あ、すんませーん。チョコパフェとイチゴパフェひとつずつー」
 本当に容赦ない。
 山崎は財布の中身を確認しながらため息をついた。その時、ふと銀時の腰に差してある木刀が目に入った。洞爺湖と書かれた胡散臭そうな木刀だが、それ一本でも十分戦えてしまう所がすごい。そこの所だけは山崎も評価している。
――ホント、どんな過去を背負ってきたらこんな人間になるんだか。
 攘夷志士、だったのだろう。あの剣の強さは道場剣術の強さではない。実践で磨かれた殺すための剣だ。自分たちと同じで、それなのにどこか違う。
――くぐってきた修羅場の数か、もしくは。
「あのさァ、人のことジロジロ見んのやめてくんない? なんか恨みでもあんの?」
 思考の中断をされて、山崎は我に返った。考えごとをしている間ずっと銀時の方を見ていたようだ。
「いえ、旦那って剣で負けたことなさそうだなぁと思って」
 半分はお世辞、あとの残りは嫌みとその他の感情もろもろを込めてそう言うと、銀時はにやりと笑った。
「あたりめーだろ。俺の辞書に負けなんて言葉はねェ」
――副長と同じで負けを認めないタイプだよ、この人。
  げっそりとしながらも笑みを浮かべると、ちょうどよくパフェが運ばれてきた。それだけで喜色満面になる銀時はまるで子どものようだ。
――でも、強いんだよなぁ。
 その強さは局長や隊長、そして絶対に言わないだろうが副長も認めている。力だけでなく、その体を貫く武士道(いきかた)を。
「よっぽど稽古したんでしょうね。それとも、お師匠さんが強かったんですか?」
「……そうだな。そういやあの人だけには、いっぺんも勝てなかった」
「旦那が負けたんですか!?」
 山崎は思わず目を見開いた。目の前の男が負けたことがあるという事実にもだが、何より負けを認めたことに驚いた。少しカマをかけただけのつもりだったのだが、彼にとって師匠というのが何かキーワードになるのだろうか。
「ばっか、違ェよ、勝てなかっただけだ」
「いや、だからそれって負けたってことなんじゃ……」
 山崎はうっかり口を滑らせたことに気づいて慌てて口を手で塞いだが、時すでに遅し。銀時の鉄槌が山崎の脳天に直撃した。頭を押さえるとこぶが出来ている。もう泣きたい。
「でも、本当に強かったんですね、その人」
 銀時が負けを認めるほどの人物だ。よっぽどの大物なのだろう。
「当たり前だ。なんせ、このオレに剣の道をくれた人だからな」
 そう言って笑った顔は、パフェを前にしたときとは比べものにならないくらい少年の顔をしている。
 チクリと、山崎の胸に痛みが走った。聞いてはいけない話を聞いてしまった。そんな気分だ。しかしそれよりも、好奇心と職業意識が勝ってしまうのは監察の性か生まれつきか。
「そんなに強いんなら、オレも会っててみたいですね」
「――……ぃてェよ」
「……何か言いました?」
 山崎が聞き返すと、ハッとしたように眠そうな覇気のない目が少しだけ見開かれた。
「いいや、何も。すんまっせーん、バケツパフェ一つ」
「まだ食べんのかあんたは! ってかバケツパフェ!?」
 容赦のない注文に思わず叫び声をあげて机を叩く。しかし、銀時のそれがごまかしであることにも気づいていた。
――会えるモンならオレだって会いてェよ。
 さっき銀時が呟いた言葉。
 本当は山崎の耳にきちんと届いていた。その響きはあまりにも切なく、か細いものだった。きっと本人も口に出す気はなかったのだろう。
 だったら聞こえなかったことにした方がいい。だからわざと惚けた。これが山崎なりの精一杯の気遣いだ。
 今の会話から推測出来ることなどいくらでもある。それを報告するのが山崎の仕事だ。
 何でもないふりをして近づいて、相手から会話を引き出して。監察の仕事は本当に楽じゃない。
 山崎はもう一度ため息をついて、報告書にどう纏めるかを考え始めた。

《終》



 


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