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その晩、11時を回った頃に九十九屋は帰って来た。



「ほら、返礼品」



そう言って包みを見せる。洋菓子のマドレーヌと紅茶葉らしい。
甘味は好きだがそもそもからして然程食に積極的な訳でないため、マドレーヌといった西洋の焼菓子は相当に久しぶりだ。

「そう、有り難く頂戴しないとな」


包みを手から取って九十九屋を内へ促す。とりあえずは中に入って貰おうと、ふともう一度九十九屋の顔を見て、ああやはり、今彼は疲れているのだと実際には当たり前な事を思った。





「布団もう敷いてあるけど、夕餉はどうした?」

「軽くは食べたよ、ああでも、何か摘む物あるか?」

「菓子か夕餉の残りのつまみになりそうなのかは」

「つまみにするよ。何がある?」

「牛蒡と蒟蒻白胡麻で適当に和えた奴」

「おお美味そうだ、頂こう」

「マドレーヌと紅茶はまた後でゆっくり頂けばいいよね」




ほっと胸を撫で下ろす。何かを食べる位には気はある様だ。作っておいて正解だった。いや、こいつがそんな意気消沈した姿を見せる事自体、今までの付き合いの中で一度だって無かったが。必ず、飄々と掴めない態度ではぐらかすのだ。どうやったって。





九十九屋が家着に着替えている間に和え物を小皿に取り分ける。これ食べたら、ゆっくり休んで貰うかそのまま寝て貰うかして、明日は朝起きて来るかはわからないけども食欲がある様なら焼き魚にしよう、体は栄養を欲している筈だ、精力を付けないと、「美味そうだな」「えっ?」……ちょ、驚かすなよいつから後ろに立ってたんだっていうか俺何で気付けなかったんだ、いや、どうせ気付け無いのはいつもの事だけど。




「いつからいたんだよ……」

「今」

「……はい、ほらこれ。酒はどうする?飲まないなら茶があるけど。あ、いや茶って、さっきの紅茶じゃなくて日本茶」

「そうだな、酒にする」

「ん」









盆に自分の分の和え物と酒も載せて、数時間程前まで一人で座っていた卓へ向かう。先に行っていろと言った為にソファには既に九十九屋が座っていた。外の方を向いていて、表情はわからない。





かたん、と盆を置いて自分もその隣に腰を下ろす。


「ん、ありがとう」

「ああ」



彼の分と自分の分、二つの猪口に酒を注ぐ。会話は無かった。



「今年は彼岸花があんまり勢い良く無いな、何だか」

「…うん」


相変わらず外を見つつ、九十九屋が酒を飲みながら言う。
自分も酒に口を付けつつ外を見た。この部屋の薄明かりで、群生した彼岸花に辛うじて光が当たっている。




あんまり、外を見ないで欲しい。
別に自分の事を見て欲しいと言っている訳では無い。
彼の隣に座る自分ではどうする事も出来ない何かを無言で見つめる彼に、やはりどうする事も出来ないから何の助けになる事も出来ない自分は、酷く彼から遠かった。



「折原」



「え?」



「…いや、この和え物貰ってもいいか」



「…一々聞かなくてもその為に盆に載ってるんだけど」



「はは、だよな。じゃあ頂きます」



彼が小皿に手を伸ばす。
それから−−−−外から目を外して、こちらを見た。



「まあ、万事良し、だ。俺はお前が居れば良い」



人を小馬鹿にした様な表情で、言った。いきなりの言葉に、彼を見た体勢のまま体が固まってしまった。
言った本人はもう既に何て事も無く和え物に箸を付けて、「うん美味い」などと口にする。というか確実に返事を期待すらしていないに違いない、こいつは。…どういう思いから言っているのかなんて、わからない。

だが、何にしても、いきなりそんな事を言われたこちらはどうすれば良いというのだ−−−−と反射的に頭の片隅ではそう思った、だがそう思いながらも−−−−不覚にも、泣きそうになった。涙腺の弱い自分と言うのは非常に許し難いもので、これでは駄目だと今日一番に必死になって堪える。必死になって堪えて、それから思った。




そうだ、自分はこれからも、こんな程度のつまみを作るのでも、たまに彼の好きな菓子を買ってみるのでも、何でも良いから、これからも、やっていきたい。そんな風に日々を過ごして、出来る限りまでずっと、いつまでも。








−−−−−そう思って、目を閉じて、彼の肩に寄り掛かった。







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