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残暑。九月、だ。あの騒がしい羽音を立てて鳴いていた蝉は今尚も鳴いている。だけれどその音はつい少し前までの、いつかその中に立つ自分をも飲み込んでいってしまう様なただひたすらな直接さは遠退いて、どこか少し離れた場所で音を鳴らすのみとなった。

桜の木で造られた低い机の上に、切子の小皿に乗せた無花果が二つ。



鉄でも摂れと。




食べろよ、と言って八百屋でそれを買って来た人物は今は外出している。


体調管理はしているつもりだ。つもりでも、暑さにかまけて、体調を崩すのは承知だがやはり管理を怠りがちのこの時期の臨也を、九十九屋はよく気にかける。貧血気味だから無花果を選んだのだろう。体が弱り気味なのは事実なので有り難く頂くことにした。それにもうそろそろ日持ちの限界だろう。



特有の歯触りのする、甘味の強いそれを咀嚼する。ふと思えばもうそろそろ夕刻になる、まだまだ色の濃い庭の木漏れ日が差し込んでいて、卓の木目を照らしていた。




今日はとうとう何もしなかったな。




起きたのはいつも通りの時刻だった。確かに今日は元より用事は無かったにしても、それにしても今日は全くと言って良い程何かをした覚えが無い。





何も無ければ、明日かも知れないが今日、九十九屋が帰ってくる。二日前に彼の義兄の家から九十九屋がそう電話してきた。

疎遠になっていた彼の義兄が、先日夭逝した。それは彼にとっては唐突な訃報だった。彼には唐突でも、知らせによれば義兄は急病でも無く、半年程前から臥していたそうだ。癌だったらしい。それを聞いて九十九屋は、一先ずにも葬儀に参列する為に五日前ここを出た。通夜は出ないで、葬儀にだけ出て直ぐに戻ると言っていた。





何処かで鳴いていた蝉が唐突に鳴き止んだ。
朱の差し始めた夕刻の木漏れ日の中、少し熟れ過ぎた食べかけの無花果はどろどろとした甘い匂いを放っている。


ふと気付けば、自分の視界が爛々と日暮れの色に染まっていた。夕焼けと差し込む光、熟れた無花果に、赤茶けた卓、目に見える全てがただ赤銅の様な朱色を内包する。夜の気配など露程も見せないままに。



そうしてここを発つ時の、例によって飄々とした彼の後姿を思う。




音の消えた朱い部屋の中で、つくもや、と呟いた。






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